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窓際のテーブルで文庫本に目を落とす“母”は美しい人だった。
すっと伸びた背を這う艶やかな黒髪も、ページをめくる神経質そうな指先も、伏せた目蓋を横切る幅広の二重も赤く熟れた小さな唇も、母の持ち合わせるその全ては決して私が持ち合わせられなかった全てだった。
「お母さん」
私の声が母の耳に触れ、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……千佳?」
母の両眼が私のそれを的確に捉える。小さく頷いてみせる。
ただそれだけのことで、母は香り立つ白檀のように完璧な笑みを私へと向けた。
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