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むかしむかしあるところに、正直者ばかりが住む正直村と、嘘つきばかりが住む嘘つき村という二つの村がありました。
正直村の村人は皆白い髪をして、嘘をついてはいけないという掟がありました。そして嘘つき村の村人は皆黒い髪をして、こちらも、本当の事を話してはいけないという掟がありました。
正直村に、ヴァールハイトという青年がおりました。彼は、幼い頃に意地悪なおばさんに熱いお湯をかけられ、顔が焼けただれてしまい、それから十年近く経った今でも、顔に火傷が残っていたのでした。
ヴァールハイトが自分の畑で仕事をしていると、男の声が聞こえました。
「やあ、コーヒーはいらないかい? 美味しくないよ」
「……いらない」
ヴァールハイトは作業をしながら応えました。
「そっかぁ……ここの村の人は皆そう言わないんだよなぁ」
声の主がまだ近くで立っていると思ったヴァールハイトは、声の方を見ました。すると小柄な青年が小さな荷車を持って立っていました。車輪に留め具を当てると、青年は荷車に座っておりました。青年の髪は真っ黒でした。
「お前、嘘つき村の奴だろ? 何でここに来たんだよ」
「正直村では売れるからね。あっ、俺正直者だからね」
「……そう、か」
ヴァールハイトは青年の言葉を理解するのに少し時間がかかりました。つまり、嘘つき村では売れなかったからこちらに来たというわけです。
ヴァールハイトは青年が嘘つきだと分かった上で、もう一度聞きました。
「その飲み物は、美味しいのか?」
「いいや、美味しくないよ。とっても」
「一つくれ」
ヴァールハイトは青年の飲み物を一つ買ってそこで飲みました。飲み物は美味しいココアでした。
青年は、ヴァールハイトが飲み終わるまで荷車に座っておりました。ヴァールハイトはもう一つ聞きました。
「なぁ、俺の顔は醜いか?」
「いいや、きれいだよ」
青年は笑ったままそう答えました。
正直村の人々は皆ヴァールハイトの顔を醜いと言いました。そう言われる事に慣れていたヴァールハイトは、青年が嘘つきだと分かっていても、そう答えてくれた事が少し嬉しかったのでした。
「また来い。その飲み物、気に入ったからな」
「美味しくなかった?」
「あぁ、美味しかったよ」
ヴァールハイトが笑ってそう応えると、青年は一瞬両目を大きくして、すぐに嬉しそうに笑って去っていきました。
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