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シンキングタイム
3
さて、現在の状況をお伝えしよう。授業開始から三十分。俺は完全に頭を抱えていた。思考が前に進まない。完全な手詰まりだ。
「悪いな、N。お先に失礼」
「先に分かっちゃってごめんね。頑張ってね、N君」
筒井と清水が俺に声を掛けてくる。二人共、既に答えが分かり、九条先生に報告を済ませてきたらしい。これで「二千字のレポート」という罰則から、彼らは逃れられたということになる。何とも羨ましい。
ちなみに、清水は四つの質問で、筒井は五つの質問で答えが分かったようだ。清水の「鷹」は、①卵を産みますか?➝YES ②空を飛びますか?➝YES ③肉食ですか?➝YES ④戦国時代の武将が狩りで用いましたか?➝YES(鷹狩りのこと)で判断できたらしい。偶々、昨夜の時代劇ドラマで徳川家康が幼少時代に鷹狩りをしていた場面を思い出したそうだ。まったく運が良い。
筒井の動物は「馬」だそうだ。①草食ですか?➝YES ②珍しい動物ですか➝NO ③蹄がありますか?➝YES ④速く走りますか?➝YES ⑤競馬場に居ますか?➝YES で判明したらしい。そういえば、こいつは学年で一番の競馬好きでしょっちゅう伏見区の京都競馬場に入り浸っていることで有名な奴だった。そんな奴に「馬」とは……。悪運に恵まれ過ぎている。
彼らは答えが「YES」か「NO」ではっきりしている分、推理がしやすい。それだけでも俺にとっては羨ましかった。ちなみに、俺は彼等二人を含めて四人に質問をした。その結果がコレだ。
「①肉食ですか?➝分からない
②陸上で過ごしますか?➝分からない
③人間より小さいですか?➝分からない
④移動は四本足で行いますか?➝分からない」
ここまで全部、「分からない」が答えなのだ。こんな事ってあり得るのか? 俺は狐につままれたような気分だった。かなり考えた質問だったのだが……。
①と②の質問は動物の種類をある程度絞る為の必須の質問だ。この答えが「肉食か草食か」、「陸上生物か水棲生物か」で、答えの動物の大まかな特徴が分かる。そして、その先の質問の方向性も変わってくる。だが、「分からない」となると……。百歩譲って、①の質問は「雑食」だと考えれば理解できなくもない。だが、②はどういうことだ? 「陸上」でも「水棲」でもある生物なんて居る訳がない。
いや、待てよ。そういえば、昔、アカミミガメを飼っていたような記憶がある。水槽の中には日光浴用の陸地と亀の甲羅の倍以上の水深の水辺を作った。そして、餌は海藻と煮干し。つまり、草食でも肉食でもあると言えよう。
だから、俺は③と④の質問をしたのだ。答えが「亀」なら、確実に答えはYESになる筈。「大怪獣ガ〇ラ」を「亀」に含めなければの話だが。
しかし、実際はどちらも「分からない」ときた。人間より大きいかどうかも分からない。四本足で歩くかどうかも分からない。事ここに至れば、「誰かが嘘をついているのではないか?」と疑心暗鬼に陥ってしまう。
「ふっ……」
頭を抱えている俺を見て、有栖川という男子学生が嘲るような表情を俺に向け、鼻で笑った。その横で黒岩という男子学生もニヤニヤ笑っている。
その時点で俺は察した。やはり、俺は嘘をつかれている。いや、「嘘」ではないのかもしれない。教室の前方では九条先生が目を光らせている。不正があれば、口を出してくる筈だ。それが無いということは少なくとも「嘘」ではない。しかし、「嘘」ではなくとも、質問の内容の際どい部分の綻びを突いて、あえて「分からない」と答えたのかもしれない。例えば、
「Q:この魚は食べられますか?➝A:分からない。
※答えは「イルカ」。イルカは哺乳類で魚類ではないので、そもそも質問が間違っている」
のように。だが、もし、解答者側が質問者側に協力する気があるのならば、この応対は不親切なのだ。この例で言えば、確かにイルカは魚類ではないが、この質問の意図は「食材になるか・ならないか?」なので、普通に「YES(後日、調べた結果、食べる地域が存在した)」と答えれば、相手の知りたい情報を与えたことになる。
京都人特有のイケズが此処で発動したのか?という考えが一瞬、頭を過ぎった。だが、生粋の京都人である後輩の七条葵でもあるまいし、この場にそんなことをする奴が居る筈はない! 皆、就活に挑む仲間なんだから……。
だが、ここで俺は恐ろしい考えに辿り着いてしまった。
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