ゲームスタート

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ゲームスタート

1  授業時間終了まで、あと五分。俺は焦っていた。 「おい、N。あとはお前だけだぜ」 「まだ分からないのか? じっくり考えれば解けると思うけどな」  周囲に居る学友たちの嘲りの声を一身に浴びる。俺は情けなくなった。日頃から、「推理の悪魔」を自称し、様々な謎を解いてきた俺がこんな目にあっているなんて……。  今の状況を軽く説明しよう。俺は周りの人間から、「N」あるいは「N先輩」と呼ばれている。社会学部の福祉コースに所属している、その他には特筆すべき特徴は無い平凡な大学三回生だ。此処は勧学院大学の少人数用の教室。長いデスクとキャスター付きの椅子が「コ」の字型に並べられている。現在は木曜日の三時間目、「相談援助演習」の授業中だ。  「相談援助」とは、社会福祉士の資格取得を目指すものや、将来、福祉職に就くことを目的としている人が身に付けるべきスキル。ソーシャルワーカーやケアワーカーが悩みや問題を抱えている人から相談を受ける際のコミュニケーションの技術だ。「演習」なので、受講している学生の人数は俺を含めて七人。そこに客員教授の九条葦徒(くじょうよしと)先生を足して、教室には八人居ることになる。  九条先生についても軽く説明しよう。黒いスーツの上に何故か白衣を着用しており、黒縁の細いスクエア型の眼鏡をしている、黒髪で整った顔立ちだが少し童顔気味な男性。大阪の奨学院大学に在籍している准教授で「防衛学・防衛医学・安全保障・福祉政策」についての研究を行っている。そして、若い。前に年齢を聞いたら22歳だと言う。「そんな若い准教授なんて居る訳ないだろ」と思われる方も居るかもしれないが、の理由として「本来はTA(ティーチング・アシスタント)の立場だったが、今までは『防衛大学校』でしか教えることが出来なかった『防衛学』を2085年に一般の大学でも教えても良いということになった時、奨学院大学では人材が居なかった為、大学の卒論で『未来の日本の安全保障』についての持論を展開した内容が評価され、表彰された九条先生()に臨時講師としての白羽の矢が立った……」みたいなことを本人が語っていた。まぁ、人材不足に関しては本当だろう。現在は2086年、日本の総人口は約五千万人程度になってしまった。それに伴い、社会のシステムも2020年代から大幅に変わっている。それこそ、「22歳の准教授」が当たり前に存在しているレベルで……。と、話が逸れた。  何はともあれ、九条先生の講義は面白い。最近はフィールドワーク系や演習系の授業を担当することが多く、この「相談援助演習」もソーシャルワーカーやケースワーカーが実際に体験した事例を、ゲームや謎解きの要素を盛り込んで分かりやすく解説してくれるのだ。どの授業も同じ形式で行う為、本拠地の奨学院大学や勧学院大学(ウチ)を含め、関西中の大学の学生から人気なのだ。(担当する全ての講義が期末レポートのみの単位評価であることも理由の一つだ)  さて、現在、俺が困っている理由。それは、他ならぬ九条先生が提案した「推理ゲーム」のせいだった。
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