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「何でわざわざ採るんだよ。どうせ持って帰るのに」
文句を言う君がさっさと歩き出したのを数歩後ろから追いかけて、追いかけて、じっと見つめる。
──受け取ったね。
ゆるり、口角を上げる。白い肌が覗く乳母車を押しながら、ゆっくり、その背を追いかけた。
──きっと君は、露ほども気づいてはいないだろうけど。
プロポーズを受けた二年前。
その日から全ては始まっていた。
君の服から甘いバニラが香ったのが一年と三ヶ月前。君の仕事に出張が含まれるようになったのが九ヶ月前。そして君が──
「……女連れて歩いてたのが、半年前」
君はきっと知らない。
「ん? お前今なんか言った?」
「ううん、何も。それより、今日は遠くまでわざわざ車出してくれてありがとうね」
「まあそれくらい良いけどさぁ。でもなんで急にほおずき市に行きたいなんて言い出したんだ?」
「えー、一度は行ってみたくない?」
「えー、俺はそうでもないけど」
君の気の移ろいに私が気づいていることも、コケモモとダリアの花言葉も、その手にほおずきを渡した意味も。
「……ぜーんぶ、知らない」
あなたの後ろを歩く女は、本当はコーヒーに余計なものを入れたりしないのよ。甘い甘い罪の味なんて大嫌い。
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