海を越えるパワハラ

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海を越えるパワハラ

 ここで、俺の職場も紹介しておこう。  俺がアメリカ本社で所属するのは、リックが率いるエンジニアがメインの人工知能(AI)サービスチーム。30人くらいの、社内じゃ小さな方の部署だ。うちの会社は結構な大企業で、色んな分野に進出している。実は内部の人間でも、俺のような末端は事業の全容を正確に知らない。  ちなみに俺の肩書きは「プロジェクト・コーディネーター」。くぅ、カッコいい。  実際の業務は、日本向けプロジェクトの窓口で、日米両方のチームのための何でも屋だった。日本でSEしていた頃みたいにコード書いたり、システムのテストはしない。    リック達は、アメリカで開発した人工知能(AI)サービスを、アジア向けにローカライズして売り出そうとしている。俺は、その日本向け試作プロジェクトを軌道に乗せるため、文字通り日夜奔走していた。  あっ、言っとくけど、俺の英語は相変わらずミジンコ並だからな。心強いことに、簡単な通訳は同じチームの日本人、ナオコさんが引き受けてくれるし、面倒な翻訳作業は外部の翻訳会社に投げられる。  俺の雰囲気英語でも、同じエンジニア同士だからかなんだか、仕事の話は通じるんだよな。でもこれは、決して俺の英語力が伸びてきたからじゃない。・・・なんというか、周りが俺に慣れたんだな。  野生動物のごとき勘を頼りにミーティングに参加し、必死の形相で発言する俺を、いつの間にかみんな生温かい目で見守ってくれている。 「おぅ、亮太。お前、まだ渋とく生きてるじゃないか」 「岳田さん・・・お疲れ様です。俺、熱々のトンカツとか、大根おろしたっぷりの鯖の塩焼きが食べたい・・・」 「ははは、いきなりそれか。いいか、海外での食生活は自給自足が基本だ。その内、納豆とか梅干しも自分で作れるようになれ!」 「・・・ううっ、厳しい・・・」  俺はアメリカ赴任しても、定例の岳田との面談をビデオ会議で続けていた。モニターの向こうで、相変わらず偉そうに岳田が踏ん反り返っている。 「まぁ俺は、亮太は見込みがあると自信を持って推したからな。成果出すまで、帰ってくるなよ」  出たよ!励ましと見せかけた、パワハラ発言!! 「何を根拠にした自信か分かりませんが、俺の雰囲気英語では、毎日がサバイバルですからね」 「はっ、雰囲気英語!違いねー」  俺は恨みを込めて、モニター越しに岳田を睨む。岳田はへらへらしていた顔を改め、真っ直ぐにこっちを見て言った。 「亮太、誰もお前にネイティブな英語なんか期待してねぇよ。お前の持ち味は、そのアホで楽天的な性格とコミュニケーション力だ。お前、食堂のおばちゃんや清掃の兄ちゃんとも、すぐ仲良くなるだろ」 「・・・ば、馬鹿にされている。幼気なげ部下に向かって何という言いよう」 「アホくさ、どの面下げて幼気だ。太々しいの間違いだろ。それに、俺はお前がちゃんとNOと言えるところも、買ってるんだ」  何ということだ。これまでのパワハラ上司の無茶振りとの攻防戦が評価され、海外行きになるとは。これって、報復人事じゃないよな。  ところで、と岳田が切り出した。にやりとした顔付きに、悪い予感しかない。 「人事から聞いたんだが、お前借り上げのホテルじゃなく、リックと一緒に住んでるって本当か?」  ああ、俺が一番避けていた話題だ。俺の複雑な表情をみて、岳田が爆笑しだした。 「おいおい、マジかよ。よりによって、大物を誑し込むとは・・。お前は、やっぱり期待を裏切らないな、ははっ」  そう、自分が作った会社を買収され、そのまま買収先の新部署トップにスライドしたリックは、大企業のVP(バイス・プレジデント)の肩書きを持っていた。イケメンは、社会的地位も完璧だ。  なんだか公私混同に見られるのが嫌で、俺は同居をなるべく隠しておきたいんだよな。 岳田はひーひー息継ぎに詰まるくらい笑い散らかし、俺が本社出張の際は新居で持てなしてくれ、と軽口を叩いてビデオ会議を切った。
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