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アイリッシュ・ウィスキーの誘惑
ビデオ会議を終えて部屋を出ると、リックがリビングのソファに座っていた。携帯を煽って、メールチェックしているらしい。
俺の会社での役割は日米両チームのコーディネートだ。都合、日中はアメリカチームと、夕方から夜にかけては時差のある日本チームとの仕事になる。
俺は仕事を家に持ち帰り、リックのホームオフィスを借りて日本とビデオ会議したり、溜まったメール返信していた。合間に夕飯食べに出たり、シャワーも出来るし、なんならパジャマで働いてたって怒られないしで快適だ。
リックだって夜は篭って仕事しないまでも、常にメールを確認してるし、必要であれば電話会議もする。彼の場合は、アメリカだけでなく、アジア進出のための現地チームとの打ち合わせや、インドの技術サポートチームとの連携もあるから、忙しいはずだ。
まぁ、いつも涼しいイケメン顔してるがな。
「リョータ、おつかれさま?」
リックが、青いマグカップ片手に近づいて来た。最近、俺に気を使ってか、リックが日本語を喋り出した。まだ単語をいくつか並べるレベルだが、短期間での上達ぶりには目を見張る。このままだと、俺の雰囲気英語を、リックの片言日本語が超える日が近いに違いない。
さすがイケメン、出来る男だ。
『夜まで仕事、頑張ってるな。ほら、アイリッシュ・コーヒーだよ』
差し出されたマグカップから、ほんのりウィスキーの香りがした。シナモンを振ったクリームが、たっぷり乗っている。いつも俺の好みに合わせて、深煎りの甘いコーヒーを淹れてくれる。
『ありがとう、リック。俺、コーヒー大好き』
リックはふわっと笑うと、俺の髪をくしゃくしゃに掻き回した。
俺達はリビングのソファに移動し、並んで腰掛けた。リックが手したグラスには、ウィスキーのオンザロックが揺れる。こうして毎晩、リックと俺は少しでも会話し、同居人として絆を深めていた。
『リョータ、アメリカでの仕事は慣れたか?何か、困ってることはない?』
『大丈夫。みんな、いい人。問題ない』
『チームとの連携はどう?』
『大丈夫。俺、「ネマワシ」できる』
「ネマワシ?」
リックが不思議そうに首を傾げた。
アメリカで働いてみて、俺は気が付いた。こっちは実力主義だからなのか、とにかく自信満々でオレ様な奴が多い。男女問わず、だ。
会議で発言する際も、何か提案する時も、堂々と自分の考えを述べ、さらにそれが如何に正当か主張して押し付けてくる。例え着想が良かったとしても、奴ら思いつくまま発言するし、強気だしで、ともするとウザいのだ。
当然のごとく、協調性を大事にし和を尊ぶ日本チームはしんっと場が冷え、思いっきり煙たがる。アメリカチームは、強い個性と個性のぶつかり合い、一歩も引かないサドンデス・マッチになりかねない。
そこで俺の登場。日本の伝統芸、ザ・根回し。
みんな、分かり合うには努力が足りない!理解されたきゃ、分かりやすく説明しろ。不満があるなら、何に納得できないか言語化しろ。
もちろん俺の雰囲気英語では通訳できないので、必死で聞き取りして図解したり、サンプルデータやテストケースを共有したりする。社内で似たような経験がある人がいれば、英語の出来るナオコさんと一緒にアドバイスを貰いに行きもした。兎に角、一日中駆け回っているのだ。
そういったことを一生懸命リックに説明したら、嬉しそうに笑って褒められた。へへへっ。
『リョータは賢いし、可愛いし、最高だな』
・・・ん?何か、男を褒めるには使わない形容詞が入ってなかったか?
今度は、俺がきょとんとリックを見つめる。
リックは、相変わらずイケメンだ。もうシャワーを済ませたみたいで、いつもは後ろに流している金髪を自然に垂らしている。色の薄い、柔らかそうな髪が綺麗だ。前髪の間から、空色の優しい眸がこちらを見ている。
ヤバい、なんだかドキドキするぞ。
「リョータ、すばらしい?」
リックが日本語で言い直してくれた。ふふっ、いちいち語尾が疑問系で、リックこそ可愛いな。
『何笑ってるんだ。リョータが楽しんでくれると、俺も嬉しい』
『リック、俺も嬉しい』
ああ、俺は幸せだ、みたいなことを呟いて、リックは俺のつむじにキスを落とした。
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