三千字のラブレター

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拝啓 貴方様  御久し振りです。暑い日が続いておりますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。私の方はおかげさまで家族一同元気に過ごしております。  さて、堅苦しい挨拶などはここまでにして、今年も貴方の時期がやって参りましたね。一年の中で貴方が一番元気を出す季節です。  私の方は花の季節が過ぎ去ってしまい残念なのですが、この暑さは、娘や息子たち、それに元気いっぱいの孫たちを私のもとへ連れてきてくれるので、一概に残念がってもいられません。孫たちは、半年会わない間に背も伸び、出来ることも増え、炊事なども危なっかしい手つきではありますが手伝ってくれています。  この時期はいいですね。  いつも静かな家が、この時期だけは笑顔とたくさんの声で彩られて満開に咲く桜のようです。春のようで、私の好きな季節です。そして、貴方があまり好きでないと言っていた季節です。  貴方も、いつでも帰ってきて下さい。お待ちしています。なるべく早めにお願いしますね。私も待ちくたびれてしまいますから。貴方がいつ玄関の戸を叩いて帰って来てもいいように、貴方の好きな肉じゃがをいつでも作れるように食材を用意しております。眠る事にうるさかった貴方のために、いつも布団を太陽にあてております。貴方が好んでいたサイダーも冷やしてあります。もちろんペットボトルのものではありません。ビー玉の入っている瓶のものです。孫たちと一緒に買いに行ったのですよ。私は、あの炭酸というものをどうしても好きになれないのですが、子どもたち、特に孫たちは違うようなので、なくなってしまっても知りませんよ。わざわざ、貴方のために買いに行ったのです。忘れてなどいませんでしたよ。決して、今度七歳になる娘の方の二番目の孫が、最近迷路本がお気に入りでそれを買いに行った時に偶然見つけて思い出したなどという事はありません。いつも貴方がご自身で買いに行かれていたので、貴方がいない今、私が買いに行かなくてはと思っていたのですが、なかなか一人で買いに行くには重たいものでして。子どもたちが来るのを待っていたのです。  どうせ、またお前は……などと思っておられるのでしょうね。いつもみたいに笑って誤魔化すので、貴方もため息を一つした後に呆れた顔で苦笑いして許して下さい。お詫びに、いつもより少し多めにサイダーを買っておきました。なので、早く帰ってきて下さい。出来る事なら、子どもたちが帰ってしまう前に帰ってきて下さい。
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