三千字のラブレター

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 私の家はここです。貴方の家もここです。  今、貴方のおられる場所はどのような場所ですか。私はこの家が、この家からの景色が気に入っているのですが、もちろん私の実家と、この家のことしか私は知りませんけれども。貴方が今、留まっている場所は、この家よりも良いものなのですか?  愚問ですね。申し訳ありません。  貴方がそちらにいかれてから、もう直ぐ十年が経ちます。一人目の孫も十歳になります。早いものですね。変なところで我が強い貴方がこんなにも長い間いる場所です。とても良いところなのでしょうね。美味しいお酒がたくさんあって、一緒に将棋を楽しむお友達も、貴方が唸るような好敵手となる方もおられるのかもしれません。もしも私の事や、この家のことを忘れてしまっているのであれば、もう私にはどうすることも出来ません。仕方がないと諦めるしかないのですが、文の一つくらい……。  いえ、何でもありません。  忘れて下さい。  貴方はとてもいい方です。私には勿体無いくらいの方だと思っております。ただ、勝手な方だとも思っております。  三年前に一度、私が貴方の元へいこうとした時だって「貴方は来るな」と私を追い払ってしまいましたね。本当に勝手な方です。御自分は何一つ言うことなく、私の元から旅立ったというのに。  本当はこのような事を書くつもりは無かったのです。ただ、孫の成長をもっと見てからでも遅くなかったのではないかと悔やまれてならないだけです。せめて一人目の孫が貴方のことを覚えていられる歳になるまではと思ってしまうのです。貴方と孫の話をしたかっただけです。  また、話が長くなってしまいましたね。いつも貴方に言われていましたね。お前の話は長いからまとめろと。この文を読みながら、同じことを思っておられるのかもしれませんね。もしかしたら、文でもお前の話は長いのかと呆れておられるのでしょうか。  初めて送る文です。長文になるのは許して下さい。  私が話好きなのは貴方が一番よくご存じではありませんか。 「俺は自分が話し上手でないことを知っている。だから、あまり話さない。だが、その代わり話好きなお前が話せ。そうすれば、家が華やぐ。それがいいんだ」  貴方が一度だけ夕食の時に呟いた言葉です。貴方は忘れてしまっているかもしれませんが、私は今日まで一日たりとも忘れたことがありません。本当はもっと早く直接言うべきだったのかもしれませんが、もう遅すぎますね。  私はまだ、この家で子供たちの事を迎え続けます。貴方のことも待ち続けるつもりです。貴方が、もうこの家に帰ってくることはないのかもしれません。それでも、十年前にベッドの上で貴方が息をしなくなった日から涙を流していない女の意地です。  勝手ですがそんな私のことを見守り続けて下さい。  残暑の折から、くれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。                                                            敬具
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