雪中花

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 冬牡丹は寒牡丹とも呼ばれ、晩春から初夏にかけて咲く種の牡丹より樹勢は劣るが、その気品ある美しさはやはり牡丹である。冬囲いの菰かぶりの下に、そのたおやかな樹の趣とは不釣り合いとも思えるほどの豪奢な大輪の華を開く。私はこの冬牡丹が好きだった。 「『咲き乱れる』という言葉がこうもしっくり似合う花も珍しいわよね」 「富貴な中にも、どこか怠惰で投げ遣りな、いうなれば『退廃美』を持つ花ってところかな」 「……そうね」  牡丹園の中では菰をかぶった牡丹が点々と路沿いに並んでいた。一つ一つの牡丹を尋ねるように覗き込みながら、あなたと私はゆっくりと歩みを進める。  冬の牡丹たちは、こぼれんばかりに花弁を広げ、どうぞ私を見てくださいとばかりに精一杯の美を競いあっていた。雪のような白、華やかな桃色、高貴な赤、そして……。 「あの牡丹の色、すごいなぁ」  そう呟いて、思わず脚を止めたあなたの視線の先には、さっきから私も気になっていた一株の牡丹があった。  「烏羽玉」と名付けられたその花は、限りなく黒に近い、血のような赤い花弁を持っていた。どろりと濁った生暖かい空気がその花を取り巻いているように思ったのは、その色から覚えず「経血」を連想してしまったからかもしれない。人肌の体温をもち、手折れば血を流すのではと思わせるほど、その花は生々しかった。 「淫らな……花……ね」  小憎らしいほどの自信に満ちて、惜し気もなく自分をさらす。そこには勇気や覚悟などというものは存在しない。咲き切ったら、あとは萎れて散っていく。短い花の命の中で、美しさは唯一の存在価値なのだろうか。  私は、ふとあなたを見上げた。あなたは白い息を吐きながら、不思議に熱のこもった眼差しで牡丹を見つめていた。何か言おうと思ったのに、言葉がでてこなかった。 「ん? どうした?」  視線に気が付いたあなたが私を見下ろした。私は慌ててうつむき、何でもない、と、かぶりを振った。頭の上で、あなたがくすりと笑う。 「牡丹に、嫉妬した?」 「やだ。違うわよ」  自分でも認めたくなかった感情を先に指摘されて、ぽっと赤面したのが自分でも解った。恥ずかしさにますます下を向いてしまう。  あなたの冷たい手が私の頬を覆い、半ば強引に(おもて)を引き上げた。 「君が嘘をつくときはすぐ判る」 「……意地悪」  その時、私の瞳は僅かな怒りを込めて潤んでいたに違いなかった。私の顔を覗き込んだあなたは、一瞬、何か見てはいけないものを見たような気まずい表情をすると、私を突き放すようにして顔をそむけた。  あなたの睫毛に、ひとひらの雪がとまってた。  雪は、降り止む様子もない。
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