雪中花

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 あなたのうちの別荘は七里ガ浜を見下ろす山の上にあって、こんな雪の日には辿り着くのでさえやっとという状態だったけれど、二人とも何も言わず急な坂道を登っていった。こんな季節では勿論使うあてのない別荘の鍵を、あなたは勝手な理由を付けては親からくすねてくる。初めの内こそ、そんなあなたの行為を嫌がっていた私だけれど、今は共犯者を黙認している。否、これが悪いことだとすらも思わなくなった。世間体を気にして良い子ぶっていた自分の中に、こんな図々しい一面があるのだということをかえって面白がっている「私」がいた。それこそが、あるいは本当の「私」なのかもしれない。あなたの後ろ姿を追いながら、いつしか胸の奥にぽっと火が燈り、とろとろと燃えひろがっていく。吐息が熱い。深く溜め息をついて下唇を噛んだ。 「待って、今、ヒーターをつける」  かじかんだ手で急くように鍵を開けたあなたは、肩に雪を積もらせたまま奥へと引っ込んだ。私は、三和土にぽつんと取り残されて、手持無沙汰に自分の肩の雪を払った。もうすっかり勝手を知った「他人の家」を冷めた目で見つめる。もはや「連れ込まれた」なんて言葉は通用しない。自分の意志でここにいる以上、立派な「不法家宅侵入」にちがいなかった。 「いいよ。おいで」 「あ、うん」  私は靴を脱ぐと、慣れた仕草で下駄箱の中につっこみ、裸足のまま上がり込んだ。 「部屋が暖まるまで、ちょっと時間がかかるよ」 「……うん」 「お湯沸かしてるんだけど、何か飲む?」 「コーヒーが欲しいな。……ブラックで」 「了解。……コートを……」 「あ、ありがと」  あなたは私のコートの雪を軽く払いながら二階へ上がっていった。部屋の寒さに、ぞくっとする。フローリングの床は、石のように冷たかった。リビングの椅子に恐る恐る腰掛けて、ゆっくりと辺りを見回す。コンロの火が僅かな音をたてていた。 「何?」 「ううん。何でもない」  あなたがマグカップひとつ用意して、コーヒーを入れる準備をするのを、ぼんやりと見つめる。ちょっと節くれだった指が、ビンの蓋を開けて……閉めて……忙しなく動くのをじいっと……。お預けを喰らった犬のような気分だった。下唇をきゅっと嚙む。今すぐ欲しいのは、コーヒーじゃない。
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