雪中花

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「はい」  あなたが差し出したマグカップには、なみなみとコーヒーが入っていた。 「これ、全部?」 「俺も飲むんだよ」 「……道理で……」  熱いコーヒーを一口飲み下すと、ちょっと生き返ったような気分になった。今度は、あなたが飲むのを、黙って見つめる。 「何だよ」 「ううん」  慌てて視線をそらす。あなたは、くすりと笑うとマグカップを差し出した。 「部屋が暖まるまで待てって」 「え?」 「違うの?」 「あ……ああ? 何が?」 「そういう目をしてたから……。違うの?」 「私が?」 「うん」 「やだ……。そんな………」 「やっぱりそうなんだ」 「嘘、嘘よ」 「ほんとに?」 「嘘よ!」  半分やけになってコーヒーをごくりと飲み込んだら、喉の奥がじわっと熱かった。あなたは含み笑いを浮かべてカップを受け取ると、私の顔を覗き込むように言った。 「嘘か本当かなんて、すぐに解るさ。君は正直だから」  一瞬ぞくりとして何かが背筋を這い登っていったのを、極力悟られまいと目を閉じた。  ここ数年の私は自分でも驚くほど大胆になった。以前の私なら考えも及ばないほどの、全く別の生き物に変化(へんげ)してしまったような気さえする。平凡で退屈な日々に飽き飽きして自らの変化を切望していた頃、行き場をなくしたエネルギーを抱えてただくすぶっていただけの頃に比べ、今はとどまることを知らないかのように、自分も、時も、変化を繰り返して流れていく。  すべてが、あなたのために。 「人を好きになる」ということが私を変えたのではない。自分が「女」であるという事実を受け入れることができたから、私は変われたのだ。以前は、煩わしさしか感じられなかった私の肉体に、あなたは初めて「意味」を与えてくれた。私の心も体も「好きだ」と言ってくれたのは、あなたが初めてだった。
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