短編「あああ。」

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 まだ目覚ましも鳴っていないのに、目覚めてしまった。手をもぞもぞ動かし、スマホで時間を確認する。まだ5時らしい。  次に、窓を見る。霜がはって白ずんでいるが、朝日が出ていないことは確認できた。アパートの部屋決めで、日が照る場所を選んだおかげか、ベランダにかけてあるTシャツも乾いたように見える。  たった六畳半。けれど十分な六畳半だ。手に届く範囲で必要な物がある。下手に大きな家よりも、こっちの方が良いはずだと思う。最低限さえあれば良い。僕は刑務所に監獄されても満足いく生活が送れるのではないか。  むくりとベッドから起きると、背中から腰にかけて、ぞわぞわとした寒気が走った。ベッドのすぐ下にあるヒーターを点けると、灯油の臭いが少しして、足元の冷えが少しおさまった。  朝ご飯……はトーストで良いか。冷蔵庫からパンを取り出し、オーブンに入れる。5分くらいにセットし、またベッドに腰を下ろした。トーストが焼き上がるまで待とう。  大学の講義資料はもうカバンに入れてある。今日も七時くらいから出発しよう。今日も昨日と同じように過ごそう。  考えることがなくなったので、ただぼぅとして眼前の小さなテーブルを眺めている。足元がヒーターで暖かい。やはりほんの少し灯油臭い。トーストの匂いと混ざると、犬のにおいがするものだから、実家にいる飼い犬を思い出した。今元気でいるかは知らない。  部屋は街灯の光が少し入っているだけで薄暗い。ヒーターとオーブンの赤い電熱線だけが部屋に光る。  ふとテーブルの上を見てみると、しっかりとした照明の柱に、くくりつけられた縄が自分の頭まで伸びている。  小さなテーブルでよかったと思う。大きなテーブルではうまく転がらず、せっかく死のうと決心しても、足掻いた挙句、板上に着地したら、一生自殺へのトラウマに悩み、決行することは永遠に出来ないのではないか。一息にふっと消えるように死ぬことは老衰以外にないのだから、それ以外の死は、例えば健康に生きれなかった罰であるとか、人生に絶望してしまった罰だとか、神様が等しく正しくない者へ与える苦しみではないのかなと思う。最後に苦しみ、そして償い、やっと天国へ行けるのではないか。  自分は分からない。特に不自由無く暮らし、早めに死ぬ理由が無い。それなのに、今自分は玄関のドアを眺める事に必死というより、目先にある物が勝手に眼球へ映りこむのである。  ぼぅとしてそれを見つめる。5分程を待つだけなのに、何年もそうしているように待つ。ひたすらにぼぅとする。ひたすらにぼぅとする。  すると、自分の手が縄に伸びた。足はテーブルに乗った。首は縄にかけられた。トーストの匂いがする。見る物が無いのでやはり、目の前のドアを見る。ひたすらにぼぅとする。ひたすらにぼぅとする。 ひたすらにぼぅとする。そう、ただひたすらにぼぅと…………。  チーンと音がしてトーストが焼けた。テンテンテンと携帯のアラームが鳴った。ピーピーと灯油が切れてヒーターが鳴った。  ああ止めないと。朝日が少し差している。大学に行かないと…………着替えないと…………。  あああ。
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