至る病

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 真っ先に救急車へ乗せられたのは父だった。  私は大声で私の病状をまくしたてる父を、担架に腰掛け離れた場所から眺めている。白い服を着た救急隊員が必死に父をなだめているが、父は誰にも理解できない何らかの事象をずっと一方的に、そして真っ青な顔で伝えようとしていた。私の傍にいる別の救急隊員は私の脈を診るふりをしながら、 「お父さん、いつもああなんですか?」  私に問う。私は少しのあいだ黙り込んで、それから、 「あんな姿は初めて見ました。でもきっと、心の中は常にああだったのかもしれません。私にはもう、何もわかりません」  そうですか、と呟き、救急隊員が私の手を放す。  きっと私は病気じゃない。そして父は、明らかに異常だった。 「……このまま父と二人きりにされたとして、私は殺されずに済むのでしょうか?」  救急隊員が再び私の手首を掴み、私にそっと耳打ちをする。 「あなたは重病患者です。あなたは今だけ、命に関わるほどの病に侵されています。生死を彷徨っています。今すぐ病院へ行かなければ、あなたは確実に死にます。ですから、僕たちは今からあなたを病院に搬送します――そして同時に、あなたのお父さんも病院にきてもらいます。いいですね?」  私は無言で担架に横たわる。目をつぶって、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。  救急車に乗り込むと父が私の肩を大きく揺さぶりながら、 「美紀、大丈夫だからな! 大丈夫だから! きっと助かるからな! お父さんが何とかしてやるからな!」  私の耳元で叫び続けている。父の中で「心の病」がどういうものであるのか、私には理解できそうもなかった。
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