1章 母恋い

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           (3) 事件はある日唐突に起きた。 伏せっていたイザナミが危篤状態に陥ったのだ。ヒルメは母の寝室に呼ばれ、数日ですっかり痩せ衰えた母を見た。ヒルメが部屋に呼ばれたとき、すでに意識はなく、病んでも美しかった母の容貌は損なわれていた。すでにみまかった人のように、肌は蝋のようで、ひどく血色が悪かった。ヒルメがそっと握った手は冷たく、もうしばらくで母の魂は肉体を去ろうとしているとわかった。 「母上、ヒルメです。ご安心ください、ずっとそばにおります」 このような状況にも関わらず父は部屋にいなかった。そのことにヒルメは何か不穏なものを感じたが、追いかけるわけにもいかず、母の手をさっきより力を入れて握った。 すると母の青白い瞼が微かに動き、うっすらと目を開けた。奇跡のような出来事にヒルメは、 「父上を探して来て!母上が目を開けたわ」 宮びとたちが数人慌てて部屋を飛び出して行った。 「母上、今父上が参りますゆえ、気をしっかり保たれて」 イザナミは目をすっと細めた。そして次の瞬間、はっきりと首を横に振った。ヒルメは驚いた。 「ヒルメ…あなたに伝えたいことが」 ヒルメは頷いた。一言一句逃すまいと身構える。
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