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「タケハヤ、前のように名前を呼んでくれぬのか?」
「えっ、あぁ…」
タケハヤは気の抜けたような声を出した。目をしばたかせると、意を決したように
「ヒルメさま」
と口にした。ヒルメは微笑んで、そっと両手を伸ばして頬を包み込む。
「おかえり、タケハヤ。よう帰って来てくれた」
ヒルメの視界が滲む。
「もう2度と会えぬかと思うていた」
「私もです」
タケハヤは甘えるようにヒルメの膝にそっと頬と両手を乗せた。伏せたうなじから若い草のようなタケハヤの香りが立ち上ってきた。
「何度も夜道を駆けて戻って来ようとしました。でもそのたびにサルタヒコどのに諌められました。私よりもヒルメさまの方がもっとお辛いだろうと」
「そうか」
あとからヤマト王家に入って来たタケハヤを歓迎する者は少なく、ほとんどは傍観を決め込んでいたが、中には先王に慮ってタケハヤを毛嫌いする宮人もあった。そんな危うい立場のタケハヤを守っているのは、ひとえに若い女王の寵愛だった。
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