1章 母恋い

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「どうした、花を摘んでいってやらないのか」 男の子は下を向いて黙っていた。 「喜ぶぞ、ほら。この花は今が盛りだ」 「やっぱり、いいよ」 男の子は小さな声で言った。 「会えるか、わからないんだ」 ヒルメは目を丸くした。 「母上はご病気か?」 男の子はこくんと頷いた。 「お父さまは私を嫌っていて、お母さまに会わせてくださらないんだ。私がお母さまを呼んであまりに泣くから、二度と会わせないっておっしゃって」 「そうか」 ヒルメは目の前の少年が哀れになってきた。よく見ると利発そうな顔をしている。秀でた額を縁取る黒い巻毛や、栗色の大きな二重の目、すこし先の丸い高い鼻とふっくらした唇。野性味はあるが、整った顔立ちで気品があった。 (豪族の誰かの子どもだろうか) 生来大人びた性格のヒルメは、同じ年頃の子どもには興味がなかった。まして王の子どもで、将来国を治めることになるであろうヒルメには、友だちと呼べる同世代の仲間もいなかった。 目の前の少年は、ヒルメより少し年下のようだった。弟と同じぐらいの年だろう。背丈もヒルメより少し小さい。髪も結わずに切り下げにしているのが、一層彼を幼く見せていた。
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