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2.ただ一つの不正解
【Side 金ヶ崎偲】
昼休みの漫研部の部室で一人。
ぼっち感満載でケトルのお湯が沸くのを待っている俺を訪れる人物がいた。
「――――お疲れ様です、金ヶ崎先輩」
律儀にノックをして扉の前で立ち止まるその影は、一関恭介くんという二年生の生徒だ。彼は生徒会会計でもある。
「お疲れ、一関くん。どうしたの?」
一八〇cmを優に超えた長身がこちらを見下ろしているようでもあるけれども、いつもは鋭い眼光に何だか揺らぎが見える。
一関くんは暫し躊躇うように顔を背けたのち、再び向き直るや否や、ほぼ直角ともいえる形で頭を下げて言う。
「先日は申し訳ありませんでした……!」
「え……?」
突如された謝罪に驚いた俺が直近の記憶を辿って思い当たるのは、数日前に起きたある出来事だった。
「もしかして、この間の部誌のこと? あれは三年の奴らが全面的に悪いのであって、一関くんのせいじゃないじゃん」
それは一関くんの所属する生徒会と、俺が所属する漫研部との間で起きたトラブル。
彼以外の生徒会役員は予てより漫研部のことを良く思っておらず、俺を含めた部員達は連中から何かにつけて嫌がらせを受けてきた。
そんな先日、奴らは俺の部誌原稿を盗み隠すという暴挙に出た。それまでは割と大人しくやられっぱなしだった俺達も流石に我慢ならず、その悪行の証拠を押さえた上で抗議。奴らも行き過ぎた非を認め、それ以来嫌がらせ行為も止むに至ったのである。
「ですが、彼らの近くにいながら蛮行を止められなかった俺にも責任があります。生徒会全体として、謝罪させてください」
一関くんは何か箱のようなものの入った紙袋を持っていて、それを両手で持って俺の方へ突き出してきた。
「あの……つまらないものですが、どうかお納めください」
「ちょっと、何これ。うそでしょ」
思わず受け取ってしまったものの重みに面食らう俺。よく見ると、紙袋や包装紙には地元のデパートのロゴが入っているし、その中身が“つまらないもの”レベルでは済まないことを察する。
「駄目だよ、一関くん。こんな気を遣わせちゃ悪いよ。ていうか、むしろ怖いまである」
「いいえ、受け取ってください、金ヶ崎先輩。そうでないと俺の気が済みません」
少しの間押し問答があり、結局彼の熱意に負けて、一端その品物をもらい受けるはこびとなる。
「……じゃあ一応、今ここで開けさせてくれる? そして一緒に確認して。俺一人で受け取るには身に余るよ」
真面目な一関くんのことだから悪意のある中身でないのは確かだけれども、俺はあまりにも畏まった品を手渡された重圧に耐え兼ねていた。
そんなわけでびびり散らかしていると、一関くんは戸惑いながらも承諾してくれる。
受け取った品をテーブルの上に置き、包装紙を剥がす。雑に開けることが躊躇われて、テープを剥がす手が何となく震える。
姿を現した箱のなかにはミニサイズの羊羹が十個、ぴったり並べて収められていた。小倉、黒糖、栗、コーヒー、はちみつという五種類がそれぞれ二個ずつ。割と名を聞く和菓子店のものだ。決して安いものではないだろう。
「うわっ、ちょっと。これガチじゃん。ガチの菓子折りじゃん」
「一応生徒会全員の合同です。代表で俺が持ってきました」
「尚更受け取りづらいよ。別に自分達を卑下するつもりはないけど、うちらってこういう仰々しい感じじゃないじゃん。もうちょっとライトに接して欲しいっていうかさ」
仮に一関くん個人からだったとしたら、間違いなく純粋な誠意だろう。けれども、そこにいけ好かない会長らが絡んでいると思うと、ほんの僅かな当てつけの可能性も疑ってしまう。
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