2.ただ一つの不正解

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「え……はちみつ……?」  適当に選んで取った羊羹の味だったけれども、一関くんの表情が少し硬くなったことに気づく。 「……もしかして苦手な味だった?」  好き嫌いやアレルギーの可能性を考慮しなかったのは、少々浅はかだったかもしれない。胸の内で反省しつつ、俺は確認する。  幸い一関くんはこの問いに対して首を横に振った。 「いえ……大丈夫です。これ、美味しいですよね」 「あ、そうなの? 実は俺、この店の羊羹って小倉しか食べたことなかったから、知らなかったよ」  たまたま手に取ったはちみつ羊羹が、彼の好みに合っていたことに安堵した俺は、再びそれを差し出して勧める。 「そういうことなら、尚更食べなよ。あの件に関しては、君はむしろ俺達を助けてくれた側だったし、この羊羹を食べる権利あるよ」  それでも頑なに固辞する一関くんを、最後は絡みつくようにしながら拘束した上で、その唇に羊羹を当てることに成功する。 「ね、一関くん。食べてよ、お願い。もう先輩命令ってことで」 「…………はい」  観念したように頷いて、一関くんは俺から羊羹を受け取り、おずおずと一口齧った。大型犬のような見た目とは裏腹に、ごく小さく口を開いて角を削る、小動物を連想させるような所作だった。  それでも食べたことには変わりないので、いつの間にか心のなかで勝負モードに入っていた俺にとっては、満足な結果だった。 「美味しい?」 「……美味しいです。その……ありがとうございます」  半ばこちらの押しつけのような形になったというのに、一関くんは律儀に礼を言う。その純朴さが放っておけなくて、つい構ってしまいたくなるのだけれども。  暫し間を置いても、彼のなかではまだ何か咎めるものがあるのか、なかなか二口目にいこうとしない。  そこで俺は尋ねる。 「それ、美味しいんだったら、俺もちょっともらっていい?」 「え……?」  一関くんは一瞬驚いたような顔をしたけれども、一呼吸置いて、 「……どうぞ」  と、食べかけのはちみつ羊羹をこちらに差し出した。  俺は彼の手元に直接顔を近づけ、羊羹を一口分齧って口に含んだ。小豆と砂糖だけではない、はちみつの優しい香りと甘さが鼻に抜けるように広がる。 「うっま! これ、めっちゃ美味しいね!」  変わり種っぽい味だからどんなものかとは思っていたけれども、馴染みのオーソドックスな羊羹よりも、個人的には好きな味だった。 「もう一口、いっていい?」 「そんなに気に入ったなら、残りは差し上げますよ」 「え、ホントに? やった!」  一関くんは苦笑していて、俺は自分の図々しさが少し恥ずかしくなる。けれども、その言葉に甘えて、あげるつもりだったそれを結局自分が受け取って食べた。 「……悔しいです」  一関くんがぽつりと呟く。前後の文脈が、分かるようで分からない一言だった。  その意味を問うたが、彼は困ったように笑うばかりだった。
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