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きれいな人だと思った。ずっと見ていたいくらいで、そのくせどこか寂しさをたたえた横顔が見ていられなかった。咲き誇る桜が風にさそわれその命を散らすように、目を離した隙に、ほんとうにどこかへ行ってしまいそうな。
「あの」思わず声をかけていた。「どうしたんですか。どこか具合でも」
ようやく桜から目をそらし、ゆっくりと首をめぐらせて、そのひとは僕を見た。頬を涙がつたうのと同じくらい、ゆっくりと。
「ちょっと行ってくるねって、そう言って出かけたの」
「……」
「帰ってくるって、約束したの。わたしがいる家に、帰ってくるって」
「……」
「約束したのに」
そこでしゃくりあげて、女のひとはわあわあ声を上げて泣き出した。僕は黒っぽいワンピースに身を包んだ女のひとの隣で、目のやり場に困って視線をうろつかせ、遮断機の足元に献花を認めた。よけいにやるせなくなった。
カンカンカン、また遮断機が下りてくる。警報音が女のひとの泣き声を掻き消してくれるのを、救いのように思った。線路に花びらが舞い落ちる。列車は鈍くひかりを放つレールの上を滑って、花びらを踏み躙っていく。
「返してよ、返して……」
子どもみたいに泣きじゃくるあの人に、僕ができたことは、「……いりますか」とポケットティッシュを差し出すことくらいだった。
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