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約束の〝三日後〟は、よく晴れた。ビニール袋を片手に、待ち合わせ時刻より早めに家を出たのは、確かめたいことがあったからだ。大学に通うようになって、日常の生活のなかであの踏切にはほとんど近寄らなくなった。訪れるのは、あの人と会う桜の季節だけ。
踏切に寄り添って立つ桜の木は、前日の雨が花びらを洗い流して、ほとんど裸みたいな枝を若葉が彩りはじめていた。
遮断機の足元には供え物らしき缶ビールが二本。一本は飲み口が開けられており、持ち上げてみると昨日の雨が缶を一杯にしてずっしりと重かった。木漏れ日が缶の表面の雨粒に乱反射して、きらきらとまぶしい。
桜は散ってしまったのに、あの人が桜が咲いているうちにこの街を訪れた痕跡は、今も残っている。
「あれっ、約束の時間には一時間も早いよ?」
聞きなじんだ声に、僕は振り返る。春物らしい淡い色のコートに、真白のフレアスカート。約束の午後三時に会うはずだったその人は、今にもステップを踏み出しそうな軽い足どりで近づいてくる。笑った顔が子どもみたいな、僕より年上で、僕よりあどけない人。
「そっちこそ」
「目が覚めちゃって。だから、一本早い電車で来たの」
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