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あの子はあのまま卒業し、僕も程なくして転任となった。公立中学の教師は数年で学校を変わる。僕もあれから2回転任し、その後私立の女子高に移った。
なぜ女子校か。
どんなに強く思っても、気がつくとあの子の面影を生徒たちに探してしまうからだ。
あの夏の、あの美しいあの子。
もう居ないとわかっていても、あの頃のあの子と同じ年頃の生徒たちを見ると、探してしまうのだ。あの子の面影を・・・。
女子高なら違いすぎて探す気にもならない。
女子は男子より複雑で、正直面倒だけど、あの子の面影を探さないだけ気が楽だった。
そしてまた、春が来た。
はらはらと舞い散る桜の木の下で、入学式の始まるまでのほんのひと時を過ごしていた僕は、そろそろ行こうと振り返った。と、そのとき・・・。
「あなたは本当にうそつきですね」
真新しいスーツに身を包んだその人が、おもむろに僕にそう言った。
僕はその姿に目を見張り、心臓が止まるかと思う程の衝撃を受ける。
その人は動けない僕の目の前まで来ると僕を抱きしめ、そして言った。
「オレたちは兄弟じゃない」
ギュッと抱きしめられて耳元に直接流し込まれるその声は、あの日のものと違っていた。
声だけじゃない。顔も体も、あの暑い日とは比べ物にならないくらい大人だった。
大人になったあの子。
僕の頭はこの状況が理解できない。
今僕に、何が起こっているだろうか。
でも心臓は高鳴り、体は震え、そして目には涙が溜まっていく。
「ねえ、聞こえてる?オレたちは兄弟じゃない」
もう一度囁かれて、僕は辛うじて答えた。
「・・・兄弟だよ」
「でも血は繋がってない」
その言葉に一瞬詰まるも、僕は返した。
「戸籍上は実の兄弟だ」
「戸籍上、はね」
その人は少し離れて僕の顔を覗き込むと、そのまま顔を寄せた。
「泣くほど、オレに会えてうれしい?」
視線を上げた拍子に涙がこぼれた。それを唇で吸われる。
「あなたは勘違いだと言ったけど、勘違いでこんなに長く思っていられない。あなたを忘れようと何度も思ったのに、結局ダメだった」
目元から降りてきた唇が、僕のと重なる。
「もう兄弟でも構わない。嫌われても、拒まれても、あなたをオレのものにする。そう決めてあなたと同じこの学校に決めたのに、今になって母さんが言うんだ。本当は兄弟じゃないのよ、て」
一度離れた唇をもう一度合わせ、更に続けた。
「あたしはあの子を産んでないし、あなたはあの子の父親の子じゃないわ。そう言って、ああ、スッキリした、だって。酷くない?ずっと黙ってたけど、就職が決まって一人前になったからやっと言えたわ、だってさ」
ぎゅっと再び力を込めて抱きしめられ、今度は深く唇を合わせた。あの時よりも上手くなったそのキスは、僕から力を奪っていく。
「あなたがなんて言おうと、オレはもうあなたを離さない。兄弟なんて関係ない。オレはあなたが欲しいし、あなたもオレが欲しいだろ?」
そういうと、返事なんて関係ないとばかりに再び唇を塞がれる。
ぐずぐずになった体を支えられながら、僕たちは長く深いキスをした。
僕たちの親は、互いに反対された相手がいた。その相手と結ばれるために偽装結婚をし、お互い愛する人との間に一人ずつ子を生した。弟はともかく、他の女性に生ませた僕をどうやって夫婦の実子にしたのかは分からないけど、僕たちは戸籍上、実の家族だった。
その後そのまま数年を過ごした後、両親は離婚し、お互いの想い人とそれぞれ結婚したのだ。それこそが、血の繋がった本当の家族だった。
大きくなっていた僕には真実を告げられ、小さかった弟は、前の家族なんてまるでなかったかのように、初めから今の家族しか存在しないと思い込まされていた。
そんな弟に、真実を告げたくはなかった。
弟には僕のように爛れた人生を送って欲しくなかったから。
普通に女の子に恋をして、恋人になって、結婚して子を生して・・・。
そんな絵に描いたような幸せの中を、歩んで欲しかった。
だけど、もう僕はこの腕を離したくない。
・・・離さなくて、いいのだろうか?
けれど、今ならまだ間に合うのかも・・・。
僕はこの腕を離した方が・・・。
そう思ったそのとき、絡め取られていた舌を強かに噛まれた。
「・・・っ!」
「今、変なこと考えだだろ?分かるよ。あなたの考えなんて。言っただろ?あなたが何を言おうともう逃がさないって。何を考えてもしても無駄なんだから、黙って自分の気持ちに忠実になってろ」
そしてぎゅっと抱き込められた腕の中で、僕の中にその言葉が染み込んでくる。
僕はおずおずと腕を上げると、彼の背に回した。
それに答えるかのように、僕を抱く腕に力がこもる。
「もう二度と、離さない」
耳元で囁かれた言葉に、僕は黙って小さく頷いた。
了
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