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「……カフェテリアに行けなくなったじゃないか」
その声の方を見ると、先輩が壁際に立っていた。声を落として話していたのに、意外と耳がいいらしい。
さっきの、どのくらい先輩に聞かれていただろう。一言も、聞こえていなければいい。聞かれたくないことを言った。
五條が笑顔になった。ちょっと性格悪そうな顔で、俺たちにはさっきの作り笑いよりこっちの方がなじみ深い。
「すみません、でもサークル入られるよりいいでしょう?」
五條は最初の頃は俺たちの前でも猫を被っていたのだが、全体講評の時に思いきり先輩にやりこめられてから、地を出すようになったというか、居直った。
それから大好きな大野木以外の他人に関心がないはずの五條は、先輩のことを顔を歪めて「苦手」「嫌い」と言うようになった。さっきのカフェテリアの件は、先輩に嫌がらせができて喜んでいるのかもしれない。
「でも、嘘は感心しない。僕は別に人のミスを怒ったりはしない」
ムスッとしているが、否定したのはそこだけだ。ファンを嫌がってサークルに顔を出さなかったのは本当だからだ。
俺たちの一つ上の代に、先輩のファンだがサークル活動には興味がない部員が入部し、それを嫌って全く顔を出さなくなったらしい。その人も、色川融が来ないならサークルにいても意味がないと思ったらしく、すぐに辞めたそうだ。
ミヒカさんは部員が増えれば……と言っていたが、文評研に来るのはミヒカさんが想定しているよりも重めのファンばかりだ。
「俺ああいう子が入るの嫌だったので。先輩のファンならちょっと幻滅してもらう方がいいかなとも思ったし」
「それは同族嫌悪かな? 五條くん」
「まさか。ばれたら悪評になる形で第三者に情報訊くなんて逆効果ですよ。あんなのと一緒にしないでください」
周囲からすると、五條と先輩こそ同族嫌悪の好例だと思うのだが、本人たちは気づいていないらしい。
椅子や机を片付けていた眞下が大きい声を出した。
「ここ次の時間よそが借りてるんで、そろそろ出ないと。あと、俺次講義いれてるから、誰か鍵頼んでいいすか」
「あ、俺行くよ」
眞下から鍵を受け取ると、サークル室にPCを戻しに行っていたミヒカさんが多目的室に入ってきた。
「次時間空いてる人たちはサークル室で会誌の残部確認と、今日の講評の議事録づくり手伝ってー」
まばらな返事があって、俺が多目的室の鍵を返しに行こうとすると、先輩が後ろからついてきた。
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