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「先輩はサークル室戻ってください」
「一緒に行く」
「一人で大丈夫です」
先輩は立ち止まって、ちょっと拗ねたような声を出した。
「カフェテリアに行きたい」
俺はそれを聞いて先輩を見上げた。二人とも標準の範囲内の背丈だけど、俺より先輩の方が背が高い。
「わかりました。付き添います」
先輩は笑った。いつもの左の方が深い笑顔だった。
「優しいね、玉本くんは」
「だってさっきの女の子がいたら、先輩怖いでしょ?」
「別に怖くはないさ、男だもの」
先輩が肩をすくめた。少し大げさな動きだったのは、図星を衝かれたのをごまかすために見えた。
「性別関係ないでしょう」
「……そうかな」
先輩はそれからしばらく黙って、鍵の返却に行く俺の後ろをおとなしくついてきた。
本当についてくるだけで何もしないので、サークル室に戻ってミヒカさんの手伝いをした方がよかったんじゃないかとおもったけど、黙っておいた。
カフェテリアでは中を窺ってから入ったので、本当に一人で来るのは少し不安だったのだろう。
「怖かったら俺、また付き添いますよ」
先輩は俺を見て幾度か瞬きしたが何も言わずに、コーヒーとドーナツをたくさんと、紅茶を一つだけ注文した。
「……みんなの分ですか?」
「事務作業は得意じゃないし、一応稼いでる身だから、このくらいはね」
「紅茶は、ミヒカさん?」
「ミヒカは紅茶の方が好きだから」
先輩は、ミヒカさんと仲がいい。いまだにサークルに顔を出すのは、ミヒカさんが会長だから来やすいというのもあるのだろう。
「先輩、ミヒカさんと仲いいですよね」
「うん。ミヒカは話しやすい」
そう言えば、誰にでもくん付けさん付けを守っている先輩が、ミヒカさんだけは呼び捨てだ。
俺は訊いたくせに相槌も打たず、紙袋に入ったドーナツとコーヒーと、紅茶を持った。先輩も飲み物の入った紙袋を一つ持って、カフェテリアを出る。先輩が立ち止まって片手をポケットに入れて探っていた。
「先輩、学内禁煙ですよ」
「知ってるよ。そうじゃなくて……」
スマホを出して、何事か操作していた。俺のスマホが震えた。間を置かずもう一度震える。
「グループライン?」
見上げて尋ねてみても先輩は少し首を傾げるだけで、俺たちはまたサークル棟に歩き出した。またスマホが震えたから、多分グループラインに何か送って、誰かが返信しているのだろう。
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