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「玉本くんは、あの子を僕にけしかけて、僕に嫌がらせしようとは思わなかった?」 「するわけないでしょ」  大きい声を出した俺に、先輩はふっと笑った。 「そうしたっていいのに、しない君が好きだ」  肩から、力が抜ける。どうして脱力したのか、自分でもよくわからない。わからないまま、口を開いていた。 「もう、止しません? そういうの」 「どういうの?」 「……俺を、好きとか、そういうのです」  俯いてぎこちなく言った。先輩の顔は見えなかったけど、声は優しかった。 「どうして?」  その優しそうな声に、余計俺はぎこちなくなってしまう。 「だって、先輩は俺を好きじゃない」 「…………信じてなかったんだね」  信じてない訳じゃない。嘘や冗談で言ってると思ってたわけじゃない。だけど、先輩の言ってるのは、世間や俺が思う好きとは、全く違う気持ちだとしか思えない。  先輩は、とても静かに好きだよと囁いて俺に背を向けた。  俺と先輩は、二人だけで連絡を取ったことがない。サークル室で会うか、サークルの人たちと出かけた時、そこで人目を盗んで、あるいは誰かの前でも、先輩は時折俺に好きだと囁く。  一度だって、俺と意識的に二人で会おうとしたことはない。  あるいは通話やスマホでの二人きりのやり取りさえ、俺たちはしたことが無かった。  嘘や冗談では、きっとない。だけど、これは言葉遊びの範疇で、その感情を本当に「好き」だと思っているのは先輩一人だけだ。 「戻ろうか」  先輩がサークル室へと歩き出して、俺もその後をついて行く。両手の紙袋が重かった。  その中に一つだけ入っている紅茶と、今日も自分のポケットの中を圧迫している文庫本のことを、俺は考えていた。
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