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春の柔らかい日差しの中、友人の五條は頭を抱えていた。
「何で他の誰かに笑いかけるんだ。俺には大野木だけなのに……」
「……そういうの、大野木本人に言ってくんねーかな」
俺は大学のカフェテリアで買ったコーヒーを一口飲んだ。昼食を摂った後の幸福な眠気の中にもっといたかったけれど、やらなければならないことが沢山ある。サークルのメールをチェックした。
――えーと、あと原稿出してないのはミヒカさんと、眞下と……。
「あ、五條、お前も会誌の原稿まだじゃん。早く出せよ、〆切今週金曜だぞ」
そんな言葉など耳に入らない様子で、五條は頭を抱え続けている。
「春になる度虫が湧いて、大野木に纏わりつく……。駆除しないと」
虫というのは新入生や女子の比喩らしい。
「それより、五條も会誌づくりの手伝いしろよ。原稿も早く書け」
サークルの会誌は年に四回発行され、年度初めの会誌は、俺たち二年が主導して新入生歓迎期間に合わせて発行される。
他の時期の会誌と違い、客寄せのために作られる意味合いも強いので、いつもより部数も多くなるし、気合も入る。その作業でもかなり時間を取られるのに、新歓時期はただでさえ忙しい。小規模なサークルで人手も少ないのだが、俺の同期の五條と眞下はいまいち頼りにならなかった。
――あ……もう一人、出してない。
もう一口コーヒーを飲んだ。砂糖を少し入れた甘苦い味を、しばし丁寧に味わおうとした。
正直、この人から原稿を貰う必要があるんだろうか。俺は五條の呪詛めいた言葉を耳の端で聞きながら、その人のことを考えていた。
浪人と留年を何度しているのかよく知らないが、とりあえず二十代半ばにはなっている。だから単純にサークルの決まり事というか、原則に照らし合わせて考えれば、現役生と呼べるか怪しいこの人から原稿を貰う必要はない。
ただ、功利的な考え方をするなら、貰った方がいい人ではあるのだ。客寄せになる程度に名前が知れている。この人の原稿が会誌に載れば、小規模なうちのサークルが発行する会誌を読む人が増え、新入生がうちのサークルに入り、今年もつつがなく大学から予算が下りる。
まぁ、だから結局のところ貰うのだ。
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