10/10
前へ
/143ページ
次へ
 目に入った言葉を、無かったことにしたくて目を伏せた。  だけどもう遅い。先輩の方には、きっと既読がついている。  諦めたように目を開けた。 [色川]君が好きだ。いくら言っても取り合ってくれないから、こうして証拠を残しておきたい。  心臓の音が、ゆっくりと強くなった。  また一つ、小さなフキダシが増えた。 [色川]君が好きだよ  返事が欲しいと言われたって知らない。画面を閉じてしまおうと思った。  また一つ、先輩の言葉が届く。 [色川]USB、まだ返してもらっていないから、ラインに返事をするのが嫌ならその時に聞かせて。大事なデータも入っているから、直接返してほしい。  スマホをポケットに押し込んだ。何も考えたくなかった。  それでも、さっき見てしまったあの言葉が頭から離れない。先輩の掠れ気味の声も。  気を紛らわせたくて、必死に何か考え事を探す。  ――そうだ、ドーナツは君に、って  あんな意味不明なラインをどうして送ったんだ。一緒にいたのにわざわざ訳のわからないことをラインで、と思って、あの時の事を思い出す。 『ミヒカは話しやすい』  違う、その前に、 『紅茶は、ミヒカさん?』 『ミヒカは紅茶の方が好きだから』  紅茶はミヒカさんに、ドーナツは俺に、ってことなのだろうか。そういえば、プレーンじゃなくてチョコだけだった。  ――俺の好きな味。  硬く目を閉じて、深く呼吸をした。  違う。  電車に乗る間も家まで歩く間も、何に対してなのかわからなくなるまで、俺はその言葉を頭の中で繰り返した。
/143ページ

最初のコメントを投稿しよう!

364人が本棚に入れています
本棚に追加