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『文評研』と黒字でそっけなく書かれたA4の紙がドアに貼ってある。俺は剥がれかけた右上の隅っこを押し付けるように撫でてからドアノブを捻った。
サークル棟の建物は新しく、室内には大学支給の白いキャスター付きの折り畳み式長机が二つに、メッシュみたいな生地の座面がついた重ねられる事務椅子がいくつか。
壁際は二面とも棚で、右側は過去の会誌や資料類、左側は卒業生から現役生に至るまでが持ち込んだ本で一杯になっている。窓際にはOBOGの遺産の両袖のデスクとハイバックチェアがあり、そこでは会長が作業していた。
「お疲れ様です」
「あーおつかれえ。玉本こっちのPC使う?」
顔を上げた会長の表情は疲れていて、いつも結い上げているお団子もどことなくしおれて見える。
会長の山本ミヒカさんは、はっきりした顔だちにくっきりした眉、浅黒い肌と大きな目がきれいで、今日はしおれているものの、生命力が強そうな魅力的な女性だ。ゆったりした総柄のワンピースがよく似合っている。
「いや、今日は自分の持ってきてるんで、それで作業します」
「原稿まだ出来てなくてごめん、今日中にはなんとかなりそう……じゃない、なんとかする。終わらせる」
「いや、全然大丈夫です。ミヒカさん会誌の方も手伝ってくれてるじゃないですか。すいません、俺の代あんまり役に立たなくて……」
ミヒカさんは視線をパソコンに戻し、原稿を書きながら口を開く。
「いやいや、眞下みたいにnoteで小遣い稼げるような奴は、会誌の事務作業よりきっちり原稿書かせた方がいい。でも、それで玉本が割食うのは違うから、新歓の幹事とかは全部あいつにやらせちゃいな。……五條は、仕事出来るのにすぐ投げ出すからねぇ」
「あー、大野木が絡むとそうですね」
「噂のオーノギくんねー、一回会ってみたいな」
鞄から資料や本やらを取り出して机に広げながら苦笑する。
「ふっつうの男子ですよ。めっちゃいいやつですけど」
「五條にはサークル室にいる時に、その間に出来る仕事振るのがいいかもね」
「ありがとうございます。そうします」
「玉本今日も鞄パンパンだね」
「なんか癖で、あれもこれも入れちゃうんですよ。ポケットにも文庫入ってます」
常に持ち歩いている本をポケットの上からそっと撫でた。
「文評研の鑑じゃん」
文評研は、正式名称「文学・文芸評論研究会」という小規模な文芸評論サークルだ。
活動内容は年四回の会誌の発行と、課題作品を決めて全員で講評する読書会という、いたって地味で真面目なサークルである。
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