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 持参したキーボードカバー付きのタブレットPCを広げ、その傍に付箋まみれの文庫を置いた。会誌の作業に入る前に、自分の原稿をもう一度見直しておきたかった。 「正直、五條がうちのサークル入ると思ってなかったんですよね」  もとはと言えば、俺と五條は同じ国文専攻で、大学に入って初めて声をかけたのが五條だった。その流れでサークル見学に付き合わせただけだったのだが、結局五條も文評研に居着いた。 「あー、あの子の性格ならサークルとか入んないで幼馴染追っかけまわしてそうだよね」 「ですよね。それに、あいつ先輩のこと本当に苦手なのに。五條、基本的に他人に興味ないから人当たりいいじゃないですか。その五條をして苦手って言わせる先輩がいるのに、よく一年間うちにいたなぁって」  俺の言葉にミヒカさんは少し笑って、タンブラーに口をつける。わずかに、紅茶の香りが漂った。 「あれは同族嫌悪だよねえ。二人とも心が気持ち悪いもん」  そうは言いつつ、ミヒカさんは先輩とも五條とも親しくしている。ミヒカさん曰く「変な奴が好き」なのだそうだ。 「そういや先輩も原稿まだなんですよ」 「まじか。あれ、でもラインで書けたって言ってたような……メール来てない?」  俺は首を振った。 「来てないっす」 「……あれかぁ、玉本に直接渡したいとかそういう」  それはあり得る理由だった。 「うえー、やだなあ」  画面を見たまま顔をしかめた。ミヒカさんが明るい声を出す。 「まぁ、若手のエログロホラー……じゃない、伝奇耽美小説? の作家が在籍してんのなんて今のうちだけだし、利用できるだけ利用しよ。これで興味本位でも部員が増えればさ、あの人の相手してくれるかもしれないし」 「だといいですねぇ」  先輩は在籍しているというにはトウが立っている気もするが、ミヒカさんの言葉にうなずいて作業を進める。 「今回の会誌、その内プレミアつくんじゃない?」  俺は笑って言葉を重ねた。 「未来の英文学者もいますからね」 「やめてー、まだ院に受かるかもわかんないから」  ミヒカさんも笑って、しばらくキーボードをたたく音だけが続いた。留学している四年生が海外から原稿を送ってくれていた。俺を労う言葉までかけてくれて、じわっと目頭が熱くなる。誰にも見られていないのに、俺はごまかすようにあくびと伸びをした。  ミヒカさんもふうと息をついた。タンブラーに口をつけ、がっかりした顔をした。紅茶を飲みきってしまったらしい。 「なんかお茶と甘いもの買ってくる。玉本もなんかいる?」 「俺は大丈夫です」 「そう」  鞄から財布を出すミヒカさんを何となく見つめていると、ガチャッとドアの開く音がした。  ドアの方を見るよりも先に、その人の声が耳に届く。 「玉本くんじゃないか!」  ドキッというより、ギクッとして振り返った。
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