小さな神様と私

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 突然ですが、私の部屋には神様がいます。  ……いえ、訂正しましょう。私には生まれつき、一柱の神様が憑いています。  子供くらいの大きさで、紅白の装束を見に纏い、頭には大きなキツネさんのお耳がついていて、お尻にはモッフモフの大きなおキツネさんの尻尾。物心ついた頃から常に隣にいました。両親におキツネさんな神様の話を振ってはよく困った顔をされました。  そんな神様ですが、私からすれば第二のお母さんみたいなお方でもあり、大事なお友達でもあります。何故なら、お転婆娘だった幼少期はよく無茶をしては怒られました。そうかと思えば悩んで苦しむ私の話を嫌な顔せずに全部聞いてくれて、必ず慰めては解決策を出してくれるのです。そして、神様だからその解決策で毎回全てが好転するのです。まさに神様。  そんな大事な神様に、私は今日、緊張しながらも相談事を持ち掛けました。  神様も、いつもと違う雰囲気に、お煎餅を食べながら真剣な表情をしました。ついでに肘ついて横になっていた体勢から、正座へと座り直しました。でも相変わらずお煎餅をバリボリ食べています。 「……あのね」 「……おう、なんじゃ」  ゴクリ、と神様が唾を飲み込むのが聞こえた。決してお煎餅を飲み込んだ訳ではないと思いたいです。 「……私、好きな人ができたの」  ——神様は、後ろを向いたかと思えば、そのままごろ寝をしました。そしてどこから出てきたのかわからない新たなお煎餅を食べ始めました。 「ねぇ、ちょっと!真面目に聞いてよ!」 「こら小娘、揺らすな。煎餅が喉につっかえる」 「というか神様の癖してお行儀が悪い!」  寝転がった神様の二の腕に両手を置いてゆさゆさと揺すれば、目線だけをこちらに向けてくれました。 「はぁ……それで?お主は我にそのような話をして、どうしたいのじゃ」 「え、それはもちろん、その人とお付き合いしたいから、神様の御利益でどうにかできないかなって」 「そうか、頑張れ」 「ちょっとお?!」  神様は一言そう吐き捨てると、口で煎餅を咥えて、私が昨夜床に放置した雑誌を手元に引っ張ってきて、ページをめくり始めました。神様、お行儀が悪いです。大事なことなので二回言いました。 「ちょ、投げやりにも程がありますよ神様!」  私がそう叫ぶと、可愛いおキツネさんのお耳がぴくぴく動きました。そして神様は盛大にため息を吐き、上体を起こして私へと向き直りました。なお、今回は胡座です。 「あのな、小娘。我は縁結びの神でも恋愛成就の神でもないのじゃ」 「では何の神様なの?」  神様は尻尾を一振りし、床を軽く叩きました。 「そもそも我は神ではない。ただの神の遣いじゃ。何度言えばわかる」 「私からすれば神様!」 「話を聞けい!」  ペシン!と神様は床をいい音立てて叩きました。ついでに尻尾も床を叩いていました。お耳はイカ耳です。 「ああ、もういい……お主そういうやつじゃったな……。それで?どこのどいつを好きになったのじゃ」 「あのね、学校の先輩で——」  ここからは私の怒涛の先輩トークが炸裂。出会いは図書館。私が高い位置に置かれていた本を、踏み台もつま先立ちも駆使したのに手が届く様子が一向にありません。この本が取れないと私の成績は危急存亡の秋。要はとっても大ピンチ。……え、何故そのような難しい言葉を知っているかですって?先程調べました。それはさておき、そんな絶体絶命な私の前に、いえ、後ろに颯爽と現れたのは白馬に乗った王子様と見せかけて、図書委員の先輩でした。私の代わりに後ろからつま先立ちも何もせずに軽々と手に取ったその本を、透き通るようなテノールの声で「これですか?」とほほ笑んで渡してくるその姿はまさに十全十美。私のハートがキューピッドのターゲットになるのは必然でした。キラキラと煌めくそのお姿。そんな先輩に目が離せなくなった私にキューピッドの矢が見事的中。まさに一射絶命。まあ私死んでいませんけど。……え?そういう意味ではない?  優しい神様は真剣に話を聞いていましたが、興奮のあまり速まる喋り、惚けによる声の上擦り、挙句には呼吸を忘れたことによる息切れで神様の目は段々と座っていきました。せっかくイカ耳からピンと立ったお耳も、最後の方ではぺしょんと垂れてしまっていました。尻尾にも元気がありません。 「わかった、わかったから落ち着くのじゃ」 「先輩のかっこよさをわかってくれる?!」 「お主が狂うほど恋に浮かれておることがわかった」 「ひどい!」  神様の目がもう完全に死んでいます。だがそんなの私には関係ありません。だってこんなお話できるの、神様ぐらいですから! 「それで、お主はその先輩とやらが図書委員であること以外は知っておるのか?」 「もちろん。まずクラスの図書委員から誰なのか聞き出し、間違えが無いのか先輩がいない時を狙って他の図書委員から確証を取り、普段昼休みは中庭で過ごしているとのことだから木陰からその様子を見守り、下校の時もご友人方に笑顔で挨拶するそのお姿をこの目に焼き付けて——」 「お主、世の中それをすとーかーと言うのじゃぞ」  そんな子に育てた覚えはないぞ、とほろりと涙を流す神様。 「そもそも、そこまで行動できるのであれば、我の助けは必要ないのでは?さっさと告るが良いと思うぞ」 「そこを何とか!勇気出ないの!フラれたらどうしようと思うと夜しか眠れないの!」 「いやぐっすりではないかお主」 「いつもは授業中も寝ているもん!」 「授業は真面目に受けよ!」 「もう何でもいいから協力してほしいの!中身のない恋愛成就のお守りでもいいからあ!」  この心の苦しみを少しでもわかってもらおうと、その小さい体の神様を掴んで想いをぶつけます。 「ええい、もうわかったから!渡すから一旦離れろ!」  ぺしんと勢いよく私の顔面にピンク色の小袋が叩きつけられました。  神様から一旦離れて、それを顔から剥がすと、表面に「れんあいじょうじゅ」と書かれていました。  あまりの嬉しさに、私はその小袋をうっかり握りつぶしてしまいました。しかし、小袋は何の抵抗も無しにくしゃくしゃになります。嫌な予感がした私は、その小袋の中身を空けてみました。何も入っていません。 「神様のバカー!本当に空のお守り袋を渡す神がどこにいるー!」 「ここにおるわい!」 「もういい!明日絶対告ってくる!」 「おう、そうするがいいわ!そして玉砕してくるがいい!」 「神様のバカー!」 「二度も言うなこの戯けー!」  私は叩きつけられたお守り袋を握りしめて、部屋を飛び出しました。そのあとの事は知りません。夜もぐっすり眠れました。 「まったく、騒がしい奴め……仕方あるまい、一肌脱ぐとするかのう……」  ——翌日。私はお部屋にいる神様に告白してくると宣言してしまったので、お昼時の中庭を狙って突撃することにしました。 「あの、先輩!私……私、先輩の事が——」
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