死者からの手紙

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 文芸部の部室として使用されている、第二図書館……という名の古本置き場。そこには、床いっぱいに散らかった先輩の書いた手紙。 「誰宛ですか?」 「相手はいないよ」 「何でこんなに書いてるんですか?」 「届くように」 「なんで、同じ内容のものを?」 「届くようにだよ」  決して誰にとは言わない。何処にとも言わない。ただひたすらに、何かに取り付かれたかのように、鎖骨まで伸びている黒髪を時々耳にかけながら、楽しそうに万年筆を動かし続けている。 「たくさん書くと、届くんですか?」 「届くよ」 「なんで?」 「ん?」 「なんで、届くって言いきれるんですか?」 「……きっと、届く」 「だから……「届くと信じてれば、いつかきっと届くの」  僕の言葉を遮り、先輩は茶縁の眼鏡を押し上げながら笑った。 「わからないじゃないですか」 「わかるよ。私には。信じているから」  毎日。毎日。ルーズリーフを買ってきては、手紙だけで一日一袋を使い果たす。先輩の鞄の中も第二図書館も、ルーズリーフが溢れかえっている。足の踏み場もなくなり、さすがに散らかり過ぎと判断し片付けようとしたら何故か怒られた。手紙を捨てようとすると、僕の方をじっと見つめながら静かに涙を流された。だから、結局片付ける事はできず何も手出ししないことにした。 「他に届けたい言葉とか無いんですか?」 「相手のこと、知らないから何も書けないの」 「知らない人に手紙書いてるんですか?」 「時々、知り合いもいるよ。たぶん」 「たぶん……」  先輩に何を質問しても、はっきりとした答えが返ってくることは珍しい。大概、「たぶん」が付いている。 「ポストに入れないと届けてもらえませんよ。後、住所も」 「私が書いてるのは……ポストに入れても届かないんだよ。住所も知らないし。何て言うのかな? 言霊みたいな感じなの。この手紙」  同じ文章。同じ質問。同じ返事。同じ光景。同じ笑顔。  変わっていく心。 「いつから手紙書き始めたんですか?」 「今朝の……六時くらいかな?」 「違いますよ。何年前からですか?」 「たぶん、五年くらい前」  五年前。僕はまだ小学校の六年生で、先輩は中学一年生。  中学の時からこんな事してたのか……。  一日に百枚。  一週間で七百枚。  一か月で三千枚。  半年で一万八千枚。  一年で三万六千枚。  三年で十万八千枚。  五年で十八万枚。  今までに先輩が書いてきた手紙の枚数。そして、これからも増え続けるであろう枚数。 「いつまで書くんですか?」 「眠くなるまで」 「それは、今夜の話でしょ」 「……。違うよ」  どんな事を質問しても止まる事を知らない手紙を書く手が、一瞬だけ止まったように見えた。 「言い方を変えた方がいいのかもしれない。だけど、私にとっては眠たくなるまでだよ」 「は?」 「言い換えると、この手紙は私が死ぬまで書き続ける」 「そんな無茶な……。正気ですか?」 「やってみないとわからないでしょ」  いつでも前向きな先輩だ。諦めるという言葉を知らないとでもいう様な言動をする。でも、実際は違う。「私、諦めが早いから」と先輩が自分で言ってしまうくらい潔い諦めっぷりをみせる時もある。テスト勉強も、僕の名前も……。
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