いい子だおやすみ

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いい子だおやすみ

おまえはいい子だ、おやすみ。 何度でもおやすみ。 永遠におやすみ。 娘はそりゃあべっぴんに産まれてきてくれた。なかなか子宝に恵まれず悲観に暮れていた王様とわたくしだったから、やっとこの手に抱くことのできた我が子は、まさに目に入れても痛くないほど大切な存在だった。 肌の色は雪のように白く、髪の毛は豊かで、目はぱっちり、まつ毛も長く口元は愛らしい。 王様とわたくしの顔を見上げてはきゃっきゃと朗らかに笑う娘の姿に、どれだけ幸せを感じたことか。 夜はふと、わたくしの心に忍び込んできた。 幸せ? 幸せって、何が。 この娘は悪魔だよ。 笑顔で皆を惑わす悪魔さ。 幸せなんてずっと続きやしない。そう、お前の幸せを終わらせるために生まれてきたんだ。この娘がいる限り、お前に永遠の幸せなど訪れない。 娘の心臓、肺、肝臓。こいつらを始末しないと、娘の息の根は止まらない。 「さあ殺せ。お前を殺そうとしているこの娘を殺せ。」 わたくしには娘の笑顔が残忍な悪魔の微笑みに見え、急いであの言葉を実行しなければいけない、と心に誓った。 ──おやすみ、娘よ。いい子でお眠り。 一度目は失敗した。仕掛けを頼んだ男が役立たずだった。わたくしは男を民衆の前で八つ裂きにし、次は無いと仕立て屋に言いつけた。 仕立て屋は特殊な素材を使った腰紐を拵えてきた。 さほど力を入れずとも一度巻き付いたら二度と緩まることのない腰紐だ。 わたくしはそれを持って今度はわたくし自身の手で娘を絞め殺した。 ──おやすみ、娘よ。ゆっくりお眠り。 だが二度目も邪魔が入った。切られた腰紐がヒラリと木の枝に引っかかり、娘の姿はそこにはなかった。仕立て屋は煮えたぎる蝋に溶かしてやった。 櫛屋が恐る恐る差し出したのは、歯先に猛毒を塗った死の櫛だ。次もわたくし自身が娘の髪に刺してやった。 ──おやすみ、娘よ。気にせずお眠り。 今度はわたくしが娘のそばから片時も離れなかったというのに、ふと見ると歯こぼれした櫛だけが捨ててあった。櫛屋は高い塔から突き落としてやった。 どうしたら。 どうしたら幸せを手に入れることができる。 わたくしは赤い林檎に尋ねた。 赤い林檎は、娘の愛らしい口元に砕かれ、飲み込まれ、娘の喉で燃え尽きた。 ──おやすみ、わたくしの可愛い娘。今度こそ、おやすみ。 真っ赤な唇に、わたくしはそっと口づけをした。 あんな恐ろしい男になんか、お前を渡しはしない。 お前は永遠に可愛らしい微笑みで、わたくしのそばにいるのです。
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