弄月の男

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弄月の男

 愚者(ぐしゃ)眼前(がんぜん)に降り立つと、男は虚ろな瞳で俺を映した。 深緋(ふかひ)の瞳に赤の差し色が入った墨色(すみいろ)の外套を(ひるがえ)す俺……レヴィの容貌(ようぼう)が吸血鬼だということは明らか。 しかし、男はどうもと小さく語り、(こうべ)を垂らすのみ。  「アンタの血、吸わしてぇな」 俺は(かす)れた声で男に述べる。 「いやって言うたら吸わんのか」 男は目を反らさずに霧雨(きりさめ)の様な声色で語った。 「吸うで?」 当たり前やろ、格好(かっこう)の獲物の逃す訳なかろう。 「吸うんやないか、なんで聞いたんじゃ」 男は飲んでいた湯を噴き出すかの様に笑った。 なんや此奴(こやつ)……怯えてへんわ。    「俺の血でええの?」 男は未だ瞳を反らさず、問いかけてきよる。 「アンタの血がええんや」 自信満々に言う俺の言葉を聞いた男は紙の湯呑を地面に置いて立ち上がる。 開襟(かいきん)シャツの(ボタン)を二、三個外し、露出した白磁の首筋を見た俺は直ぐ様、牙を肌へ食い込ませた。 「んっく、んっく、んっく」 赤子が母親から乳を貰うように一心不乱に吸う。 (ほのか)かに温みが有る蜜が頬を掠め、咽喉(いんこう)へとするりするりと流れていく。  甘味が濃く  渋さは全く無く  滔々(とうとう)と流るる 此様(こさま)は正に、美味としか言い様が無い。
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