男は肝が据わっておる

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男は肝が据わっておる

 「そない急がんでもええよ、逃げへんから」 男はポンポンと俺の頭を撫で、吸い易くなる様に(からだ)を下げていく。 そのお陰か、より滑らかに流れて来るから、永久に味わえる様な錯覚に陥る。 ああ、ええわ 俺は段々と心持ちを沈静化(ちんせいか)していった。  (しばら)くして男の躰が小刻みに震え始めてきよった。 息吹(いぶき)は腹が膨れた蚊の羽音の様に浅い。 此の現象は……溶血(ようけつ)や。 恐らく俺の吸血鬼の血が混じってしまったんやわ。 此の(まま)では男を待つのは……死のみ。 唖然(あぜん)とする俺の耳にフッと吐息が漏れた。 "このまま堕ちてもええわ" 俺は()の様に囁かれた気が申した。  俺はペロリと首筋を舐めて男の躰から離れた。 男は哀れっぽく()わり込み、小さく息を吐く。 「今度はもっと吸いやすい人にしなアカンで?」 男は淡々と開襟シャツの釦を閉めて(えり)を正すから、俺は瞠目してまう。 「俺のこと、怖ないんか?」 (また)唖然とする俺をハハハと快活(かいかつ)に笑う男。 「まず、口拭きや? ティッシュ貸そか?」 食指(しょくし)で口の廻りをぐるりと示されたので、俺は右手の拳で口を拭う。 「あっ、ほんまや……舐めるからええよ」 そうして、手の甲に付いた血を見せつけるように舐め取ったんや。
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