チャットリアリティー

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01. ピコンとスマホからSNSの通知を知らせる音に、キッチンで朝食用のトースターを焼いていた僕はニヤリとした。 現代の若者にとってSNSとはあってはなくてはならないもので、まさしく僕もその一人だったのだが、その理由は他の若者とは少し違っていた。僕は母親と二人暮らしをしている二十二歳の大学四年生だ。父親は僕が八歳の頃に外に他の女を作って家を出て行った。残された僕と母は支え合い、貧しいながらに毎日を何とか生きていたが、最近になって母親の昔から患っていた持病が悪化してしまい、ここのところはずっと入院したままだった。仕事を辞めることを余儀なくされ、突然一家の大黒柱は僕となったのだ。二人分の生活費だけならまだしも母親の入院費もあって、その額は馬鹿にならない。最初は大学を辞めて就職することも考えたが、息子の夢を奪うぐらいなら死んだ方がマシだと言った母親に気負けして、バイトのシフトをより一層増やし、学校とバイトの慌ただしい毎日を送っていた。しかし、たかが学生のバイトではやはりどうにかなる問題ではなかった。そして僕は何か学校とバイトの片手間に簡単に稼げる方法がないかと思案して、一つの素晴らしい方法に辿り着いたのだ。それはネットでたまたま見かけたSNSの危険性について語っている項目の一つにあった‟なりすまし”。説明を読み、まさに天才的発想だと瞳を煌めかせた。 始めにも言った通り僕はSNSがなくてはならない現代の若者の一人なのだが、その理由は‟SNSでなりすましをして金を稼いでいる”からだった。若くて美人な女になりすまし、男を引っかけて、ネットを通してブランド品などを買わせる。あとは貰ったプレゼントを売れば金を簡単に稼げるという寸法だ。もちろん最初はそんな上手くいくなんてまったく考えていなかった。いくらネットの世界とは言えどもそう甘くはないはずだ。だが、僕の予想は易々と裏切られた。誰も彼も本当に恋愛がしたいわけではなく、日々の疲れを癒してくれる相手を求めて恋愛ごっこをしたがっていたのだ。現実社会に疲れ果てた男がごろごろといるSNSでは、なりすましで稼ぐことが簡単に出来てしまった。もちろん本当は男だとバレないように文章に気を付けたり、相手に好かれるために研究を積んだり、タイムラインに上げる写真を思考したりと苦労もある。それでも想像以上の収穫を常になりすまし(リンという名前で活動しているが、本名はフウヤだ)で得ていた。ちなみにリンとしてアイコンや投稿に使っている写真は従姉のものだった。当然彼女に何か被害があっては困るため、本人から許可を得て使っている。なりすましに使いたいという理由で許可を出すなんて相当の変わり者だとは思うが、僕が正直に理由を打ち明けたからこそ彼女も承諾してくれたに違いなかった。 「きっとタカユキさんだな」 カウンターに置いていたスマホに手を伸ばし、ホーム画面に表示された通知の内容を確認して予想が的中していることに笑みを零した。 タカユキさんは数ヶ月前に僕の新たな標的となった不動産会社に勤める三十一歳の独身男性だ。この情報が本当なのかどうか確かめる術はないが、僕は真実だと思っていた。彼はリン(プロフィールには二十六歳.アパレルショップ店員.海外アーティストが好き.休日はライブとカフェ巡りに勤しんでます♡と実に当たり障りのないことが記載されている)にとても優しくしてくれて、特別なことがなくても頻繁にプレゼントを贈って来てくれるのだ。相当金を持て余しているのか、リンに惚れこんでいるのかは分からないが、どちらにせよ僕にとっては有難い話だった。 <おはようございます。今日も仕事頑張りましょう!昼休憩に前にオススメしてくれたコンビニのパスタを食べようと思います笑> トーストの焼き加減をちらりと確認してから、もう一度スマホの画面に向き直ると僕は慣れた手付きでメッセージを打ち始めた。今まで出会ってきた男の中でもタカユキさんを特に気に入っていた。それは単に気前がいいからというわけではなく、年下のリンにも敬語を使い、常に紳士な態度を心がけてくれているからだ。彼は女性にモテそうなタイプで恋人(もしくは妻)がいないなんて信じられなかった。だが、仮に嘘を吐いていたとしてもお互い様だ。利害の一致が生んだ関係ならば、何の問題もないはずだ。 <おはようございます。毎日お仕事お疲れ様です(*- -)あのパスタは本当に美味しいので、是非食べてくださいね…!> 僕はパパッと返信を済ませると、トースターから焼き上がったトーストを取り出して皿に移した。再び通知音の鳴ったスマホを一瞥して、僕は不敵に笑んだ。 「SNSでは誰も信じるな。これが僕の座右の銘さ、タカユキさん」
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