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淡いラベンダー色と純白の毛並みが柔らかく調和し、宝石のような翠色の瞳が煌めいている。
てんと座った姿には、どこか気品すら感じる。
ぴょこんとした三角の耳が小刻みに動き、興味深げに長い尻尾を左右に揺らしていた。
シオンは何だかウズウズとした思いに駆られた。
頭を撫でてみようと手を伸ばしたが、そいつはトンと床に降りて絶妙に距離を置いた。
それでもこちらを見つめているあたり、何だか警戒されているように見える。
所在なげとなった手で頬を掻き、シオンはベッドから立ち上がった。木目の床がわずかに軋む。
立ち上がると、少し目眩がした。
できれば座っていたい、と思うくらいには身体がだるかった。
それでも、座ってはいられない様々な感情がほとんど無意識に彼を駆り立てる。
「ほら、おいで」
興味本位で思わせぶりに小動物に近づいてみたら、尻尾をピンと立てられ、トタタタと入口のドアまで後退されてしまった。
……そんなに警戒しなくてもいいのに。
シオンが肩を落として視線を逸らすと、今度は壁にかかった写真に目が留まった。
近づいてよく見ると、そこには五人の人物が写っていた。
女性三人が仲良さげに身を寄せ合って微笑んでいて、男性二人が満更でもないような表情を浮かべている。
あ、と思った。
さきほどの女性、クレナの姿も写真の中にあった。
しかし、受ける印象がずいぶん違う。
さきほどのラフな姿ではなく、まるで遠旅に耐えうるような格好をしていた。
やや大きな帽子を傾けて被り、少しばかり顔に影が差している。シルクのような滑らかなローブに身を包むその姿に、ふとある言葉が浮かんだ。
童話に度々登場する、不可思議で妖美な──魔女。
時に魔法で人を誑かし、そして手助けする、物語を通して人々を魅了してやまない存在。写真の中の彼女からは、まさしくそんな印象を受けた。
クレナ──と思われる女性は、写真のなかで楽しそうな表情を浮かべていた。
きっとこれは思い出の写真なのだろう。
額に収められた写真の下部に、白いペンで流れるような文章が書かれていた。
ただ其処に在る居場所。
「ただ其処に在る居場所……」
目で追った言葉がそのまま口から出ていた。
なんと言うか、綺麗な響きだ──。
そんな月並みな感想の直後、キィンと耳鳴りがした。
あまりに突然のことだったため、シオンは思わず呻き、頭を押さえて目を瞑った。
腕の痛みの次は頭痛までするなんて、勘弁してほし──。
──。
「……?」
ふと頭がすんと冷えるような感覚がした。
シオンはだらりと腕を下ろした。
理屈は分からないが、強い感情を伴ったそれ。
言い得るなら、正体不明の焦燥感が、じわじわと心を侵食するような感覚だった。
「──帰らないと」
気づけばシオンはそう呟いていた。
言葉に出してしまえば単純なことだった。
そのままさっと振り返る。
そこには開け放たれ、カーテンが揺らめく窓がある。
シオンの足はすでに窓のほうに向いていた。
なぁなぁと、小動物が呼び止めるように鳴いた。
シオンがその鳴き声を背中越しに聞いた時には、既に足は窓べりに掛かっていた。
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