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[一九四六年八月十二日]
井戸の前に来て玲子ちゃんが来るのを待つ。初めて彼女に会った日から三年、僕たちは毎日のように村の隅にある井戸の前で待ち合わせをして遊んでいた。他の子からの遊びの誘いもあったけど、未だに彼女は他の子とは打ち解けていないし、一人置いて行くわけにもいかないので断り続けている。
いや、そんなのは言い訳で本当は最近になって彼女のことが好きだということに気がつき、二人で一緒にいたいから断っているという内容が正しい。どうやら僕は彼女に出会ったその時に一目惚れしてしまっていたらしい。この三年間で彼女は更に可愛くなり、そんな彼女のことが益々好きになってしまっている自分がいる。
しばらく井戸の縁に座って待っていると、とぼとぼとした重い足取りでこちらに歩いて来る彼女の姿が見えた。何かあったのだろうか、いつもの彼女とは様子が違う。
「おはよう、玲子ちゃん。そんなに落ち込んでどうしたの?」
「おはよう、真守君。あのね、大事な話があるの」
まさかこの流れは告白なのではないかと気持ちが高揚して動揺するも、何とか冷静に振る舞い、僕は話を聞くべく身構えた。
「実は今月の二十六日にお父さんの仕事の都合で引っ越すことになって、真守君には教えておきたかったの……」
彼女にとっても受け入れられない話だったらしく、言い終わると泣きながら抱きついてくる。
告白なのではと的外れな期待をしていた僕は、むしろその逆と言ってもいい唐突な別れの話に、驚き固まってしまった。続くように彼女と別れなければならないことへの悲しみが押し寄せてくる。
泣いている彼女を見つめながら思う。村を離れるなら、会えなくなるであろう僕の告白なんて重荷にしかならないだろう。どうやら僕の初恋は告白もせずに終わるようである。
僕に出来ることは、抱きついて泣いている彼女の体をそっと抱きしめ返すことだけで……
しばらくして彼女は泣き疲れて寝てしまった。そんな彼女を背負って、僕は家へと送り届けるのだった。
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