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2.
「今度の土曜日、映画でも見に行かないか」
「あー、うん、いいね」
石田くんと初めて話した日の放課後、わたしはいつものように彼氏の誠くんと一緒に帰った。
誠くんは高校生ながらファッション雑誌の読者モデルとして活動している。
4月に告白されてから、その爽やかな顔立ちと向き合うたび緊張感と優越感にくすぐられた。
この日は誠くんの提案で、駅近くのカフェに立ち寄ることにした。
それぞれカフェラテとミルクティーを注文すると、映画の話の続きになった。
「今やってる『シン・エブ』、超見たいんだよね」
「分かる! わたしもそれ、気になってた」
「あの声優、声が好みなんだよな」
「わたしも好き! 明るくて可愛いよね」
頬と口角を無理やり持ち上げた。
嘘だ。作品の評判は知ってるけど、一番見たいのはそれじゃない。声優さんの名前は知ってるけど、その人の声はよく知らない。
ミルクティーのグラスの表面に、よく笑う「誠くんの彼女」が映っていた。
時折顔を強ばらせるこの子は一体誰なんだろう?
かき消したくて、わたしは冷たいガラスを指でこすった。
「誠くんって中学ではスポーツやってたんだっけ」
映画の話題から逸らそうとした。
「いつも爽やかだなと思ってさ」
適当なことを言ってごまかした。でも、誠くんは少し表情を曇らせた。
「ありがと。でも部活は途中で辞めたよ」
やばい。何か地雷だったのかな。
そうなんだ、と流してしまった。
「土曜日さ、夏っぽいスカートで来てよ」
「え?」
誠くんがくりっとした目で見つめてきた。
「女の子らしいスカートで。色は淡いグリーンがいいな。髪はゆるふわがいい。だってひかりは普段、地味だもん」
ミルクティーの氷がカランと鳴った。
「あ、うん」
誠くんは美味しそうにカフェラテをすすった。
「服装くらい、華やかな方がいいよ」
言葉が心を傷付ける刃になるなんて、きみは知らない。
「そうだね。わたしも、新しいアイロンに挑戦してみたかったところだし」
本当はパンツスタイルの方が好きだ。
「新しいアイロン」なんて持ってない。
それなのに、嘘がどんどん加速していく。
テーブルの下で、短くした制服のスカートをぎゅっとつねった。
誠くんと付き合い始めて1か月。
嬉しいはずなのに、心が痛いのはなぜなの――。
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