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その日の放課後、掃除中にうっかり黒板のチョーク入れを落としてしまった。
制服のスカートと教壇の床が、チョークの粉で真っ白になった。一瞬の出来事に固まっていると、同じ掃除班の女子生徒が文句を重ねてきた。
「早く部活に行きたいのに。困るんだけど」
「自分で片付けてくれる?」
そのとき、石田くんがハンドグリップでガチャガチャと握力を鍛えながら割って入ってきた。
「それ、俺が斜めにしちゃってたんです。すいません」
目が鋭く光って見えた。
誰も何も言えなくなった。
「ねぇ、嘘付いてまで助けようとしなくていいよ」
わたしは二人きりの教室で、教壇の粉を掃きながら言った。
「さっきはありがとう。でも石田くんまで謝ることない」
別にわたしがみんなに意地悪をしたわけじゃない。
ただ誠くんと付き合っているという、どうしようもないことで目をつけられた。
助けられるだけ、わたしがみじめになるだけだ。
「嘘であれ本当であれ、どうでもいいです」
石田くんはちりとりで粉を拾おうと屈んだ。背中が丸くなり、巣穴でころんと丸まるハムスターを連想させる。
「俺は『プロップ』なので」
「プロ……? ごめん、何それ?」
分からないことを分からないと伝える。誠くんにはできないそれが、今は新鮮に感じられた。
言葉に迷ったのか、一瞬間が空いた。
「ラグビーのポジションっす。スクラムの最前列で、相手フォワードと直接組み合うポジションです」
「あ、そう言われてやっと分かった。でも痛そう……」
「全然平気っす」
石田くんは厚い胸板を誇らしげに張った。
「体を張ってピンチの仲間を守るのが役目なんで」
目がさらに細くなる。
「だから、石坂さんはそのままで大丈夫です」
大きな手のひらから伝わる温もりが気持ちよかった。
「これも、嘘?」
「……そうです」
わたしたちは顔を見合わせ、笑った。
こんな優しい嘘、誠くんにも言われたことない。
傷だらけの心が、癒されていく。
ずるい。ずるいよ。
瞼が熱くなったわたしは、下を向いてありがとうと呟いた。
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