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第31話 アランの秘密
それから、俺たちは、魔界の門を出て、高い空の上を飛んでいた。
さすがに三人でペガサスの上は窮屈で、アランがまた青の書の魔法で、ペガサスよりも大きな白鳥を出してくれて、俺たちは、ゆったり夜風にあたりながら、桜川の町に向かっていた。
辺りは、もう夜になっていて、星明かりがさす雲の上は、まるで夢の中にいるみたいに綺麗だった。
だけど、俺の心の中は、ずっとモヤモヤしたままで……
「アラン。本当に、あれで良かったのか?」
後ろからアランに声をかければ、アランは、またニッコリ笑って、こう言った。
「うん! だって、息子があれだけプレゼントおくったのに、最後のお願いすら聞いてくれないお父様だよ? やっぱり、なにをやっても響かなかったね」
最後のお願いっていうのは『笑って』と言ったことだろう。
だけど、まるで、愛されてないから──そんな口ぶりのアランに、俺の心の中は、いっそう苦しくなった。
確かに、俺もずっと、魔王はアランのことを心配してないって思ってた。
だけど──
「笑いたくても、笑えなかったんじゃないかな」
「え……?」
アランに向かって、思うままに呟けば、振り向いたアランは、酷く驚いた顔をしていた。
「ハヤト……?」
「俺、さっき魔王から聞いたんだ! アランは魔法に失敗してたって! シャルロッテさんたちの"赤いハーツ"は術者の魂を削ってる証で、だから、このままじゃ、アランは、あと2年しか生きられないって……!」
「っ……なんで、そのこと」
「え、なんでって……! まさか知ってたのか、自分の寿命が削られてること!? 知ってて、ずっと隠してたのか、この二人にも!?」
俺が、シャルロッテさんとカールを見つめれば、人形姿の二人は、すごく辛そうな顔をしていた。
それを見て、アランは一度、言葉をつぐむと、その後、また静かに話し始めた。
「……そっか、二人とも、知っちゃったんだ。ごめんね、ずっと秘密にしてて」
そう言って、申し訳なさそうに呟いたアランは、シャルロッテさんとカールさんを、優しく抱きしめた。
大切に──まるで、離れたくないとでも言うように。
「……そうだよ。ずっと、わかってて隠してた。僕はね、二人のハーツを作る時、魔術式に失敗してたんだ。あの時は、小さかったから分からなかったけど、僕は、自分の寿命のうち100年分の寿命を代償にして、二人に命を与えた」
「100年!?」
「うん。まぁ、魔族にとって、元々の寿命なんと意味のないものだけど、冥界の書記官に聞けば、自分の寿命を教えてもらえるんだ。僕の元々の寿命は112年。そのうち100年を使ったから、残された寿命は12年。で、今は10歳だから、あと2年ってところかな?」
「そんな……っ」
その話には、俺の横にいた花村さんもびっくりしてるみたいだった。
「元に戻す方法はないのか!?」
「ないよ。あるとしたら、ハーツを壊して、二人にかけた魔法を解くしかない。でも、僕はそんなこと絶対にしたくない」
すると、アランの言葉に、シャルロッテさんが、また涙を流した。すると、アランは
「シャルロッテ、泣かないで……さっきも言ったでしょ。僕はシャルロッテとカールがいてくれたから、魔界にいても幸せだったんだ。だから、絶対に、誰にもバレないように秘密にしてきた。君たちのことが、大好きだから」
アランは、そう言って微笑むと『気にしないで』といった。
でも、気にしないわけがない。
アランのことを、命をかけて守ろうとしていたシャルロッテさんとカールさんが、気にしないはずがない。
「なんで魔王にも、黙ってたんだ」
「言うわけないよ。お父様にいったら、絶対壊されるし。まぁ、結局ばれちゃったみたいだけどね……おかしいな。お父様には、触らせないようにしてたのに」
「でも、魔王は、アランのこと心配して」
「違うよ。お父様は僕のことなんて、なんとも思ってない。シャルロッテとカールを壊そうとしたのは、僕が王位を継ぐ唯一の後継者だからだよ。ただ、それだけ」
ピシャリと言い放つアランに、俺と花村さんは言葉をなくした。
それだけアランは、魔界で寂しい思いをしていたんだと思った。
お母さんは早くに亡くなって、でも、お父さんは会いに来てくれなくて、だから、信じられなかったんだ。
愛されてないと、ずっと思っていたから。
でも──
「違う! 魔王は、アランのこと心配してた!」
俺は、アランの肩を掴むと、ハッキリそう叫んだ。
「っ……だから、そんなわけ!」
「だって魔王は、俺がアランじゃないって気づいたんだ! アランが、金色の腕輪をしてることも知ってた! それに、最後に二人と話がしたいって言った時も、魔王は自分から俺のところに来て、呪符をはがしてくれた! それって、ちゃんとお別れはさせてあげたいって思ったからだろ! 壊すのが目的なら、わざわざ、はがす必要ないんだから!」
「……っ」
魔王の行動を一つ一つ思い出しながらアランに訴えた。すると、俺のその話を聞いて、花村さんも、口を開いた。
「あのね。私も一つ、気になってたことがあるんだけど、魔王さん、昔は、凄い愛妻家だったんだって」
「「愛妻家ぁぁぁ!?」」
だけど、その話には、アランと二人してびっくりした。
だって、愛妻家って、奥さんをめちゃくちゃ大事にしてる旦那さんのことだし!
「いやいや、ないから! あの人、血も涙もない魔王だよ。本当に、魔王らしい魔王なんだけど!」
いや、アラン、気持ちは分かるけど、ちょっと言い過ぎ。だけど、それでも花村さんは『そうだ』と言いきった。
「本当だよ! ほかの魔族の人達が、言ってたの! 愛妻家だった魔王様が、ローズ様が作った人形達を壊そうとするなんて信じられないって! もしかしたら、魔王さん、本当は壊したくなかったんじゃないかな? それでも、壊そうとしてたのは、アラン君のことが大事で、アラン君に長生きしてほしいかったからなんじゃないかな?」
「……っ」
花村さんの話に、アランはじっと黙り込んだ。ゆっくりゆっくり、何かを思い出すように。
「心配……僕を、お父様が?……でも、今までそんな……っ」
少し困ったように呟くアラン。だけど、俺と花村さんは、二人して顔を見合わせると
「「絶対、そうだよ!!」」
「!?」
「だって、あんなに強いのに『好きにしろ』っていって、私達のこと逃がしてくれんだよ! それって、アラン君の言葉を聞いて、アラン君の気持ちを大事にしようって思っただよ!」
「そうだよ! それに、自分の子供が、自分より先に死んじゃうかもしれないって思ったら、笑いたくても笑えなかったんだろ! アランが大切だから! アラン、お前はちゃんと愛されてるよ!!」
「……っ」
そういって、二人して詰めよれば、その瞬間、アランの目に涙が滲んだ。
「そう、なのかな……僕、愛されてる……のかな……っ」
そして、その涙は、静かに頬に流れだした。
すると、そんなアランの頬に、今度はシャルロッテさんとカールさんが触れた。
まるで、お父さんとお母さんの代わりとでも言うように、優しくそっと──
アランは、愛されてる。
魔王にも、シャルロッテさんとカールさんにも、そして、他の魔族にみんなにも。
「なぁ、アラン! その魔法をとく方法は、ほかにないのか!?」
「え?」
「ハーツを壊さずに、アランの寿命がけずられずにすむ方法! だって、このままじゃ、あと2年しか生きられないんだろ!? 俺たちだって嫌だよ! アランに長生きして欲しい。きっと、みんな同じ気持ちだ!」
「っ……でも、それは本当にムリなんだ。命を代償に作り出す魔法は、とても複雑で、そう簡単にとける魔法じゃない」
「……そんな」
アランの言葉に、みんなして表情が暗くなる。だけど、それから、しばらくしたあと
「……いや、ムリだって決めちゃダメだね」
「え?」
「ハヤト、さっき僕に『諦めるな』って言ってくれたでしょ。僕、一度諦めたんだ。もう僕の世界は変えられないって思ってたから。だから、嫌なら逃げるしかないって思って、人間界に来た。でも、ハヤトのおかげで、僕の世界は今、こんなにも変わった」
それは、まるで憑き物が落ちたみたいに、綺麗な笑顔でいったアランに、俺は目を見開いた。
そして、そのあと、またシャルロッテさんとカールさんを見つめたアランは
「僕、魔界に帰るよ」
「え?」
「魔界に帰って、シャルロッテたちにかけた魔法をとく方法を考えてみる。二人を傷つけずに、魂の連携だけとく方法を」
「アラン」
「まぁ、出来るかわからないし、その前に僕の寿命が尽きる可能性だってあるけど、それでも、諦めずに頑張ってみる。二人にいつまでも、こんな顔させたくないし……だから、ハヤトとアヤメを人間界に送り届けたら、そこで────さよなら」
泣きながら、笑いながら、アランはそう言って、俺達は、ぐっと唇を噛みしめた。
花村さんは泣いていて、その花村さんの肩で、ララも泣きそうにしていて、だけど
「うん! 魔法がとけたら、絶対会いにこいよ!」
そういって、アランの決意に背中を押すと、俺達は、満天の星空の下、手を取りあった。
必ず、また会おう──そう、約束をして。
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