7人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
第一話 買ってしまった
彼の名前は小林裕也。
三十八歳、独身。
小さな広告代理店に勤めるごく普通のサラリーマンだ。
彼は今、宅配便で届いた大きなダンボールの前でとてつもない後悔を抱いていた。
一メートル位の大きさの厳重な箱には、中国語と英語で書かれたラベルが貼ってあった。
内容の欄には『DOLL』と書かれている。
「ああ、とうとう買ってしまった」
そう、彼が買ったのはラブドールだ。
彼はいわゆる『やもめ』だ。
大学時代に付き合っていた彼女はいたが、いつの間にか自然消滅してしまい、それ以来ずっと不遇のままだった。
それに、半ば社蓄と化していた彼は、女性と知り合う機会はほとんど無い。
そんな時、彼は何気なく家のパソコンで『ラブドール』と検索し、驚いた。
そのあまりの精巧さ。本物の人と間違えてしまいそうな質感。
「すごい技術だな」
そして元々新しい物好きな彼は、ついポチッとしてしまったのだった。
買ったドールはオールシリコン製・身長百四十八センチ、エルフ耳でウィッグはピンク。
いわゆるアニメ仕様で、価格は四十万円だった。
決して安い買い物ではない。
「とりあえず、開けるか」
どきどきしながら箱を開けると、一つ一つのパーツが丁寧に梱包されて出てきた。
「うわあ、柔らかい」
人工物とは思えない様な『質感』に驚きながらも、彼はパーツを組み立てドールを完成させた。
床に寝そべっている人形は、今にも動き出しそうなリアルさがあった。
「本当にこれ人形?リアル過ぎねえ」
そして、彼は油まみれになった自分の手の匂いを嗅いだ。
「うわっ!ビニール臭せっ。こういう時は、ええと……」
スマホで調べると『ベビーパウダーを塗布するといい』と書いてあった。
「そうか。買ってくるか」
手を洗い財布を持って出かけようとした彼は、玄関で一度振り返り裸で寝そべっているラブドールを見た。
すると、何故か昔亡くなった幼馴染『ミサ』を思い出した。
「ミサちゃん。すぐ戻るよ」
彼は何気なくそんな言葉を呟き、玄関を出た。
最初のコメントを投稿しよう!