第一話 買ってしまった

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第一話 買ってしまった

 彼の名前は小林裕也。  三十八歳、独身。  小さな広告代理店に勤めるごく普通のサラリーマンだ。  彼は今、宅配便で届いた大きなダンボールの前でとてつもない後悔を抱いていた。  一メートル位の大きさの厳重な箱には、中国語と英語で書かれたラベルが貼ってあった。  内容の欄には『DOLL』と書かれている。 「ああ、とうとう買ってしまった」  そう、彼が買ったのはラブドールだ。  彼はいわゆる『やもめ』だ。  大学時代に付き合っていた彼女はいたが、いつの間にか自然消滅してしまい、それ以来ずっと不遇のままだった。  それに、半ば社蓄と化していた彼は、女性と知り合う機会はほとんど無い。  そんな時、彼は何気なく家のパソコンで『ラブドール』と検索し、驚いた。  そのあまりの精巧さ。本物の人と間違えてしまいそうな質感。 「すごい技術だな」  そして元々新しい物好きな彼は、ついポチッとしてしまったのだった。  買ったドールはオールシリコン製・身長百四十八センチ、エルフ耳でウィッグはピンク。  いわゆるアニメ仕様で、価格は四十万円だった。  決して安い買い物ではない。 「とりあえず、開けるか」  どきどきしながら箱を開けると、一つ一つのパーツが丁寧に梱包されて出てきた。 「うわあ、柔らかい」  人工物とは思えない様な『質感』に驚きながらも、彼はパーツを組み立てドールを完成させた。  床に寝そべっている人形は、今にも動き出しそうなリアルさがあった。 「本当にこれ人形?リアル過ぎねえ」  そして、彼は油まみれになった自分の手の匂いを嗅いだ。 「うわっ!ビニール臭せっ。こういう時は、ええと……」  スマホで調べると『ベビーパウダーを塗布するといい』と書いてあった。 「そうか。買ってくるか」  手を洗い財布を持って出かけようとした彼は、玄関で一度振り返り裸で寝そべっているラブドールを見た。  すると、何故か昔亡くなった幼馴染『ミサ』を思い出した。 「ミサちゃん。すぐ戻るよ」  彼は何気なくそんな言葉を呟き、玄関を出た。
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