La Vie en rose

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 修道士に狙いを付けられ肝を冷やした夜の翌日、僕はあの修道士に言われたとおり、修道院併設の教会で行われている施しに行くことにした。もちろん、僕ひとりで行くのではなく、アリスティドも含めた孤児院のみんなと一緒にだ。  施しに行こうと思った理由はいくつかある。ひとつは、自分から教会に行くことで、あの修道士から僕達が警戒されないようにということと、もうひとつは単純に、施しを受ければ食費が一食分浮くからということ、そして最期のひとつは、あまり孤児院から出ることのできない子供達に、貧民街以外の街の景色を見せたかったからだ。  子供達は、頑丈で壮麗な作りの教会を見て、はじめはぽかんとしていたけれども、すぐにごきげんになった。あのような手の込んだ建物を見るのを、子供達ははじめてなのだ。 「おやおや、元気な子達ですね。ごはんはこちらですよ」  そう言って、施し用の食料を煮ている大きな鍋からスープを器に移している修道士が笑う。その修道士は、どうやら昨晩僕のことを追い回して何度も矢を射かけてきたあいつのようだ。  明るい陽の光の下で見ると、その修道士はとてもうつくしい顔をしていて、体も華奢で、僕のみを震わせるほどにおそろしい射撃の腕を持っているようにはとても見えなかった。  僕は敢えて、食料を受け取る時にその修道士に話し掛けた。 「ああ、昨夜はどうも」  すると、修道士はにこりと笑って言葉を返す。 「ああ、昨夜屑拾いをなさっていた方ですね。よくお越し下さいました」  それから、一生懸命食料を食べている子供達を見てから、僕に話しかけてくる。 「あなたは、あの子供達の面倒を見ているのですか?」 「はい、そうです」 「ご近所の方……にしては、子供の人数が多いですよね?」 「えっと、僕は孤児院で働いていて、あの子達は孤児院の子なんです」  それを聞いて、修道士は驚いた顔をしてから、また笑みを浮かべる。 「そうなのですね。 あの子達は、あなたによく懐いているようですし、きっとあの子達のことを大切になさっているのでしょうね」  ふと、修道士が視線を落とした。それを見て、なぜかはわからないけれども修道士が少しだけ、泣いているように見えた。  この修道士は、孤児というものになにか思い入れがあるのだろうか。それとも、修道士というものはみな、孤児というものを気にかけるものなのだろうか。  僕も含めて孤児というものは、貧しい人達の間では軽く扱われがちだ。油断をすれば、悪いやつに攫われて売り飛ばされかねない。  だから、孤児を気にかけてくれるその修道士は、根は良い人なのではないかと思ってしまった。そう感じてしまったことは、昨夜のおそろしさを思い出すととても複雑だけれども。  施しを受け終わって、修道士達に子供の相手を少ししてもらったあと、僕達は孤児院に戻ってきた。施しの食料がおいしかったことと、今までに見たことがないものをたくさん見た小さな子供達は、興奮気味に僕やアリスティド、それに年長の子供に、教会がどれだけすごかったかを何度も話してくる。  お腹が膨れただけでなく、子供達がこんなに喜んでくれたのなら、教会の施しに行ったのは正解だ。次はいつ施しがあるかわからないけれども、今後もお世話になりに行ってもいいかもしれない。  子供達となごやかに時間を過ごしていると、孤児院の入り口をノックする音が聞こえた。僕はアリスティドと年長の子と目配せをして、年少の子達を任せてドアをそっと開ける。 「どちらさま?」  すると、そこに立っていたのは、以前と同じようにくたびれた服を着て、頭もぼさぼさな、いささか焦った表情をした領主様だった。 「ああ、よかった。無事だったんだね。 すこし話があるから中に入れてくれるかい?」 「あ、どうぞ」  領主様はぺこりと頭を下げて、孤児院の中に入ってくる。それを見て、アリスティドがすぐさまに事務室のドアを開ける。僕は領主様を案内して、アリスティドも一緒に事務室の中に入った。  事務室に入って、領主様に椅子を勧める。「ああ、ありがとう」  領主様はにこりと笑って椅子に座り、僕の方を見て申し訳なさそうな顔をした。 「いや、警邏隊からの話を聞いて驚いたよ。 まさか、ミス・ゲシュタルトが魔女として修道院に告発されるなんてね」  この話は領主様にももう行っていたのか。  それなら話は早い。僕は昨晩のことを領主様に話す。 「どこの誰がミス・ゲシュタルトが魔女だと告発したのかはわからないですが、とにかく昨夜は危なかったですね。 一歩間違えば命がないところだった」 「うん、うん」 「あんなとんでもない修道士がいるなんて話、聞いてませんでしたよ。 あんなのがいるとなると、割に合わない」  僕の話を、領主様は丁寧に相づちを打ちながら聴く。ひとしきり僕が話し終わると、今度はアリスティドが口を開く。 「そういうわけで、今、ミス・ゲシュタルトは危ない状況にあります。 魔女狩りをしようとしている例の修道士を押さえ込まないと、領主様から依頼された仕事を遂行するのは難しい……と言うより、遂行している途中で殺されかねない」  それを聞いて、領主様は考え込む素振りを見せる。あの修道士を押さえ込む方法を考えているのか、それとも、僕達との契約を解消することを考えているのか、どちらだろう。  領主様が真剣な表情で考え込んでしばらく。領主様が一回頷いてからこう言った。 「そうだね、修道院のほうは私がなんとか説得しよう」  説得するというのは、どういうことだろう。 「ミス・ゲシュタルトは魔女ではないと申し立てるんですか?」  僕の問いに、領主様は頭を振ってこう続ける。 「修道院……というか、主に魔女狩りをやっているあの子だけれどね、一度魔女だ告発された相手は、そう簡単には見逃してくれない。そう、もし魔女ではないと判断することがあるとすれば、それは天使様が直々に間違いを指摘する時くらいだろうね。 だから、余程の奇跡がない限り、ミス・ゲシュタルトが魔女であるという疑いを晴らすことは難しいなぁ」  そこまで意固地なやつなのか。昨夜の執拗な追跡を思うと納得できる気もしたけれど、先程教会に施しを受けに行った時に見たあの微笑みを思い出すと、なんとなくアンバランスなようにも感じた。 「そこまで強情なやつを、どうやって説得するんですか?」  アリスティドの疑問に、領主様は難しい顔をして返す。 「ミス・ゲシュタルトが魔女であるという疑惑を晴らすことは、非常に難しい。 けれども、なんとか押さえ込むことはできると思うよ」 「それは、どうやって?」 「そうだね、私の考えた方法としては、ミス・ゲシュタルトは私の部下が指揮する警邏隊が捕まえたら、修道院に引き渡すということで納得してもらうしかないかなぁ。 いつ現れるかわからないミス・ゲシュタルトのことを、修行と勤めの多い修道士様が追い続けるのは現実的でないし、効率も悪い。 そのことをうまく説明できれば、大人しくしてくれるだろうね」  領主様の案を聞いて、ほんとうにそれでうまく行くのかと不安になる。領主様が言う様に意固地な修道士が、そんな口車に乗るとは思えないのだ。  僕の不安を感じ取ったのか、領主様はにこりと笑って僕に言う。 「大丈夫、ちゃんと大人しくなってくれると思うよ。 あの子はなんだかんだで、とても素直だからね」 「あっ……なんとなくそんな感じはする……」  それを聞いて、ふと昨夜のことを思い出す。突然暗がりから現れた、明らかにあやしい僕の言い分を、思いの外素直に聞いて信じ込んで、僕のことを逃していた。それを考えると、あの修道士の素直さは領主様の言うとおり上手く利用できそうだ。  まさかここで、領主様が警邏隊にすら僕と手を組んだという話を通していないのが役に立つとは。もし警邏隊の方に話を通していたとしたら、誰が裏切ってほんとうのことをあの修道士に伝えるか、わからないところだった。  とりあえず、あの修道士のことは領主様に任せることにして、話が変わる。昨夜銀行で調べてわかったことを聞きたいと領主様に言われたのだ。  今の段階ではまだ詳しいことは掴み切れていないけれど。そう前置きをした上で、僕は領主様に昨夜銀行で掴んだ情報を伝えた。
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