1.我欲は英雄を生贄と喰らう

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1.我欲は英雄を生贄と喰らう

「ナインハルト、貴方をこれ以上置いておくことは出来ません。即刻立ち去りなさい」  貸切られた個室食堂。そのテーブルを囲んでいるのは六人。 「な、何故ですか!?」  突然の追放宣言に思わず立ち上がった彼を横目に見ながら、私は決して表情に出す事無く、しかし内心でほくそ笑む。  この場で口を開いて良いのは最も上座の彼女と、最も下座の彼だけだ。  ナインハルトの言葉に彼女、アトラミスの美しい眉が吊り上がり眉間に深い(しわ)が刻まれた。 「何故? なんと白々しい。それとも自覚もないほどに愚かだったのですか? 貴方は」 「わ、わかりません……一体、なにがいけなかったというのですか」  彼の態度はもっともだろう。しかし彼女は大きな溜息を吐いて告げる。 「貴方はまつろわぬ民でありながら分を弁えず、手柄を急いて精鋭である彼らの職分を侵してはパーティの和を乱しました。それも一度や二度ではなく何度も繰り返しです。本当に自覚がないと?」  ナインハルトの地位は、正しく社会に在るみっつの階級、貴族、騎士、平民のどれにも当てはまらない“まつろわぬ民”だ。彼らは多かれ少なかれ差別的な目で見られている。そして個人差はあるが階級の高い者はどうしてもその傾向が強い。この場では貴族のアトラミスと、沈黙している四人のうちのひとり、騎士のグラヴァルがそうだ。 「和を乱すなんて……俺はみんなの手助けをしてきただけで……」  彼の言葉は客観的に見ても事実だ。それは恐らく彼だけでなく全員が理解している。 「貴方が邪魔をしていると、当の彼らから申告を受けているのです」  彼は追放を宣告されたとき以上の驚愕を持って周囲を見回した。  けれども、控える私達四人は憎悪と侮蔑の視線を送りこそすれど全員が沈黙を守っている。  聡明な彼はすぐに理解した。それこそが皆の答えなのだと。 「少しは腕が立つようでしたので心意気を汲んで同行を許しましたが、貴方の行いと態度は余りにも度し難い。わたくしの見込み違いだったと認めざるをえません」 「そんな……」  それでも彼は魔物の脅威に晒されている人々のために役に立ちたいと弁明を試みる。短い付き合いだったけれども本心からの言葉だろうとわかる。彼はまさに善意のひとなのだ。  しかし彼が口を開くたびにアトラミスが居丈高(いたけだか)に黙らせ罵倒するというやり取りが繰り返された。  この茶番劇に加担した身で言うのもなんだけれど、正直アトラミスがここまで辛辣に突き放すとは思っていなかったので少なからず驚いている。 「……わかり、ました」  ナインハルトは随分と食い下がったが、結局最後には肩を落として部屋を立ち去った。
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