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ナインハルトが部屋を去ると、張り詰めていた空気がようやく弛緩した。
「ははは。最後までしつこい男でしたな」
巨漢の騎士、グラヴァルが大きく溜息を吐いてから清々した顔で言った。
「まったくだぜ。ひとの仕事に割り込んでくるだけが取り柄のハイエナ野郎が」
冒険者の剣士エリックが口汚く同意すると、グラヴァルも満足げに頷く。このふたりは幾度もナインハルトに手柄を奪われて苦い思いをしていたのだから感慨もひとしおだろう。
まだパーティが結成されて旅に出たばかりの頃、魔物の群れ相手に窮地に陥っていた私たちを助けてくれたのがナインハルトだった。
私達は大いに感謝したが、恩人がまつろわぬ民だと分かると適当な謝礼を与えてすぐに別れようとした。
それ自体は普通の反応だ。貴族や騎士がまつろわぬ民をパーティに入れないのは一般常識と言える。
それは他ならぬ当事者こそよく分かっているはずだけれど、事情を聞くとなんのつもりか自分にもなにか手伝えないかと言い出した。
“まつろわぬ民”とは“社会構造に阿らぬ者”の総称だ。国に寄らず、貴族を貴ばず、騎士に頼らず、ゆえに税を払うこともない。
彼らは望めばいつでも平民になることができるし、それについてあらゆる国、領、街、村が常にその門戸を開いている。単純に、どこにも属さぬ得体の知れない連中に勝手に徘徊されるほうが遥かに迷惑だからだ。
つまり彼らは意志を持って敢えて体制に属さない、悪く言えば山賊と大差ないゴロツキどもの集まりというのが社会における一般的な見解なのだ。
だからこそ領主の娘が指揮するパーティに入ってまで手伝いたいと言い出すというのは、どの立場から見ても驚天動地だった。
しかも、それを聞いて先ほどまで体よく追い払おうとしていたアトラミスが、突然手のひらを返して彼の同行を許したものだから事態はややこしくなった。
彼女の言葉に、エリックや階級にあまり関心のないイシドロですら少なからず顔を顰めた。騎士であるグラヴァルなど、下賤の者を加えるなど以ての外だと本人の前にもかかわらず猛然と食って掛かったほどだ。
静観していた私とて決して好意的に受け止めていたわけではない。
しかし結果だけ言うならば、どうせ彼女の決定に逆らえる者はこのパーティにはいないのだ。
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