1.我欲は英雄を生贄と喰らう

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 まあ正直なところ、能力にだけ着目するのであればナインハルトを引き入れたアトラミスは慧眼だったと思う。  単独で熊や獅子の魔物を狩ることも出来る冒険者エリック。  大抵の魔物を大盾で弾き飛ばす守りの要、騎士のグラヴァル。  中距離からの牽制に隠密からの奇襲、さらには偵察や周辺警戒でも活躍する、まさに冒険者といった風情の斥候イシドロ。  強力な属性魔術と多彩な強化魔術で殲滅も補助も自在にこなすアトラミス。  そして傷の治癒はもちろん病、毒、寄生虫など多岐にわたる不調を癒す知識と技術を持つ私、治癒魔術を操るヘルミーネ。  この精鋭集団の個々人と比べるならナインハルトはいかにも地味だったが、彼の取り柄は別のところにあった。  近接戦闘ではエリックやグラヴァルには劣るものの攻防ともそつがなく、初歩的な腕前だが強化魔術や治癒魔術も使える。誰より視野が広く指示も的確、ゆえに自身が動くときもあらゆる補助を適切にこなすことができた。  彼が参入してからの旅は順調そのもので、危険な目に遭うことは(ほとん)どなかったと言っていい。  ただ残念ながら、私よりも少しばかり若く高貴なアトラミスは人心を(おもんばか)るには経験が足りなかったと言わざるを得ない。 「胡乱な者に指図させていてはお貴族様の沽券に関わるような問題にもなるでしょうし、他の連中の目に付かないうちに抜けて貰って良かったんじゃないですかねえ?」  険しい表情のままのアトラミスをイシドロなりにフォローする。 「そうですよ。とはいえ彼を入れた結果みんなの心がより強い結束で結ばれたのは不幸中の幸いでしたが。ねえグラヴァル様?」  私の媚びた微笑みに得意満面で「その通りだとも」と答えるグラヴァル。彼は思い通りナインハルトを追放したのですっかりご機嫌だ。  当然ながら私は彼の追放を愚かな行いだと知っている。三人の男達も分かっているだろう。四人の言葉を真に受けて追放を決断したアトラミスだって、違和感ぐらいはあったはずだ。  治癒魔術士にあるまじき考えなのは重々承知しているが、戦闘が上手く行き過ぎると極端な話、私はなにも活躍出来ない。  そしてそんな私を、彼らが危険を共にする仲間ではなく酒場の酌女程度に思い始めたとき、もはや私は行動しないわけにはいかなかった。  パーティとは、決して能力やバランスだけでは成り立たない。なによりも人間関係が大事なのだ。リーダーである彼女には、それがわかっていなかった。
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