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それは、極々ありきたりな任務だった。 組織に仇(あだ)なす不忠の輩(やから)を征伐(せいばつ)し、状況に応じては、これを仲間に引き入れる。 相手も遣(つか)いであるからには、こちらもそれなりに覚悟はしていたし、掛かる事態に腹も括(くく)っていた。 修羅場へ赴(おもむ)くに当たって、“もしも”を想定しない者はない。 もしも今、そこの藪(やぶ)から敵が飛び出してきたら。 もしも、斃(たお)した筈(はず)の敵が再起したら。 それはおおよそ、諸諸(もろもろ)の危機感知に有用な心的作用であって、肝(きも)っ玉(たま)が大きいとか小さいとか、そういう話じゃない。 ただ、臆病な人間ほど、この“もしも”の備えが、他人(ひと)より幾(いく)らか精密なのは事実だ。 しかし、これも度が過ぎれば毒となる。 もしも、乱戦の最中に意識が飛んでしまったら。 もしも、敵方(てきがた)の力が、こちらより優れていたら。 こうなると、もはや状況判断どころではなく、手足は棒のように硬(かた)く、身体(からだ)は鉛(なまり)のように重くなる。 自分たちの中に、そういった臆病風に吹かれた者が、少なからず居た可能性はある。 もしかすると、その中には俺も含まれていたのか。 今となっては、まったく埒口(らちくち)もない話であるが、あの戦場は、それまで経験した場数(ばかず)の中でも、群を抜いて烈(はげ)しかった。 処(ところ)は山奥の閑地(かんち)で、こちらには地の利もない。 敵のアジトは、山間(やまあい)にポツポツと点在する集落がそれだ。 牧歌的と表すには、些(いささ)か恐慌(きょうこう)の陰(かげ)が際立(きわだ)つ景観。 田畑は廃(すた)れ、家々は軒並(のきな)みに粗造(あらづく)りで、道端(みちばた)を見ると、痩(や)せこけた百姓(ひゃくしょう)がへたり込んでいる始末だった。 こちらとしては、少なからず舐(な)めて掛かっていた節(ふし)がある。 ──外界を知らない田舎者に、ひと泡吹かせてやるか。 しかし、いざ蓋(ふた)を開(あ)けて驚いた。 外界を知らねえカエル野郎は、他ならぬ俺たちだった。 個々の特性があるにしろ、遣(つか)いの能力値というのはそもそも、上から下まで余り大差がない。 そこで重要なのが、それぞれの練度やセンスであるが、組織にもそれなりの強者(つわもの)はいる。 何より、数では圧倒的にこっちが有利の筈(はず)だ。 しかし俺たちは、ただの数十名から成(な)る敵方に、圧(お)されに圧(お)されまくった。 あの時、奴らと自分たちで、何が違ったのか。 それが何となく解(わか)り始めてきたところを見ると、俺もいよいよ老け込んできやがったと、つねづね思う。 奴らの眼には、はっきりと生気があった。 何が何でも生きたい、死にたくないと、切(せつ)に願う人間の眼。 対して俺たちは、あきらめ半分の青ガキだ。 背中には、退(の)っ引(ぴ)きならない死を負ってる。 そんな者(もん)が、この連中に敵(かな)うのかって言うと、そりゃ答えは火を見るよりも明らかだった。 どれくらい暴れ続けたか。 乱戦が乱戦を呼び、この集団から溢(あぶ)れた小競(こぜり)合(あ)いが、村の方方(ほうぼう)を駆け巡った。 怒号に次ぐ怒号。 息を吸えば、たちまち血臭(けっしゅう)のため気分が悪くなる。 極力(きょくりょく)、呼吸(いき)を止めてこれに臨(のぞ)むも、次第に手足が痺(しび)れを来(きた)すようになった。 敵方が負った掠(かす)り傷に比べて、こちらの被害は甚大(じんだい)。 敵を一名倒すのに、何名の仲間が倒れたことか。 こんなもん、斬り返すのが精一杯で、引き抜きなんざ言っていられるような状況じゃない。 ──こいつはいよいよ、身の振り方を考えるべきか。 ケツの青かった俺でさえ、堅実(けんじつ)な物の見方が芽生(めば)え始めるような戦場。 あんなのは二度とゴメンだが、ただ一点、今でも胸のド真ん中に、沸沸(ふつふつ)と宿る熱感がある。 思うだけで高揚(こうよう)するあの場面だけは、何年経っても忘れることが出来ず。 時には安酒の友に、時には深酔いを醒(さ)ます薬に利用しては、また一段と心酔するのである。 戦況危うしと知って、居ても立ってもいられなくなったのか。 いやあの人のことだから、遊山(ゆさん)のつもりでヒョイと姿を見せたのかも知れない。 組織のトップ、我らが総大将が、自(みずか)ら先陣に参加、敵の直中(ただなか)へ突撃をくれたのである。
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