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「時と場合によります」
呼べるものならそうしてる。昔のように、仲良く名前を呼びあって、じゃれあうことができたなら――。
そんな私の気持ちなんて知る由もなく、彼はなぜだか楽しげに口を歪める。
「時と場合、ね。……覚えとく」
「覚えとくって」
なによそれ。……ふんだ! 余裕ぶっちゃって、なんかムカつく。「リクくん」なんて、意地でも呼んでやるもんか。
「それじゃ柳澤さん、そろそろお話聞かせていただいてもよろしいですか」
「そうだね、何から聞きたい? まあちゃん」
どうあっても「まあちゃん」と呼ぶのを止めない彼にため息が出てしまう。
……ああもう、ダメダメ。これ以上ペースを乱されてはいけない。
(今日こそケリをつけるんじゃなかったの!?)
この訪問が終ったら、彼を飲みに誘うんだ。酔いにまかせて想いを告げて、早く引導を渡してもらおう。
そうよ。こんな不毛な恋なんて、さっさとおさらばするんだから。
***
彼は――リクくんは――私が物心ついたときから、いつでもそばにいてくれた。
私がねだるといつでも絵本を読んでくれたし、かけよればぎゅっと抱きしめ頭を優しく撫でてくれた。ショートケーキのいちごだって、私が食べてしまうのを見ると「智則には内緒だよ」って唇に指をあてながら、自分のいちごをのせてくれた。
リクくんの一番はいつだって私だった。
あんまり私を優先しすぎて、拗ねたお兄ちゃんとリクくんがケンカになったこともあったっけ。
だけど、そんなリクくんに不満を持ったのはなにもお兄ちゃんばかりじゃない。
リクくんの歴代彼女も、当然のように私を目の敵にした。
まるで私に見せつけるように、胸を押しつけ、腕をからませ、しなだれかかってキスをして――。呆然とする私を横目に、これみよがしに笑うのだ。
あのとき彼女の腕を振りほどきながら、リクくんはなんて言ったっけ。
――やめろよ、子供相手にみっともない。
リクくんの溢れんばかりの愛情に包まれて、私は幸せだった。
兄と妹のような、穏やかな関係に満足できれば、今でも一緒に微笑みあえていたのかな。
「どうかした?」
「ひゃおっ!?」
低い声が耳朶に響く。
思わず耳を手で抑えつけ振り返ると、思った以上の近距離で、リクくんがクスクスといたずらっぽく笑っていた。
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