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二年生になってから、直紀とキスをした。
諦めていたわりには、俺の初恋はわりと長続きし、しかも順調な気がする。
正式に「付き合おう」とはお互いに言っていないけど。
そのことは一抹の不安でもあり同時に、ちょっとした安心でもある。
ただの友人と言い切るには距離感が近いのにいつ離れるかもわからない、確固たる約束もない関係への不安。どちらも芸能人という立場上、言い逃れができる可能性をのこしているというずるい安心。そういうもの。
そして三年生。俺が自分自身のもやもやとした煩悶に酔いしれているうちに、梶が一発やらかした。
アイドルの梶拓斗と女優の小島日奈、熱愛報道。
デート写真がすっぱ抜かれたとかで、鼻血を出した放課後に俺は他のメンバーと一緒に事務所に呼ばれ、ミーティングで今後何か聞かれたときの受け答えの内容の擦り合わせが行われた。
朝にはわかっていたことらしく、梶は一日事務所でこってり絞られたそうだ。欠席の理由がこれだと判明した。
梶は翌日から二週間、学校を停学処分になった。
その前に俺はこれだけはと思って言ってやったのだ。
「俺は仲間だからいいけど白井っちにまで迷惑かけんなってね」
「……僕?」
直紀がきょとんとした目で俺を見つめる。
デビュー直後に比べると俺の周囲は落ち着きを取り戻してきていて、俺は久しぶりに学食でからあげラーメンを食べていた。名前の通り、ラーメンの上に具としてからあげが乗っかっている。
直紀は俺に付き合って、向い側の席で弁当を広げていた。
食事をしながら、先日の梶と小島さんについての一件についての話題になったのだ。場所が人の多い学校だから、当たり障りのないことしか発言してないけど。
だいたい、今回は俺らメンバーだけでなく直紀まで間接的に影響があったのだ。
「白井っちだって呼び出しされたんだろ?」
「呼び出しっていうか、マネージャーさんに状況説明と指示だけ出されたって感じかなあ。他言無用です、ご協力お願いしますねーってさ」
「ほらあ、迷惑かけてる」
直紀は二年生の春頃に撮影していた映画が公開されたばかりで、最近は番宣や記者会見、舞台挨拶なんかに駆り出されている。
あの、彼が小島日奈と恋人役で共演した映画だ。俺にとっては好きな人が他の女とキスをしている忌々しい作品でもあるが、そこらへんは仕方がないことであるのもわかっているから、口には出さない。そもそも自分だってドラマや映画で同じように他の女優とキスシーンを演じたことがあるのだから、そこはお互い様だ。むしろ俺のほうが回数が多いし何か言える立場ではない。
とにかく、小島さんと二人セットで仕事をすることが多い今、小島さんに降りかかる熱愛についての話題を隣で上手くかわしたりサポートすることが、直紀にも求められていた。
直紀はもぐもぐしていた口にお茶を流し込み、大人びた笑みを浮かべる。
「まあ梶と同じ学校なのは知られてるから色々聞きたがる人はいるけど、迷惑ってほどでもないよ。面倒だけど……でもすっきりした」
「何が」
「ごめんって梶からメッセージ来たから、急にどうしたんだろうと思ってたんだ。想太に言われたからだったんだろうな」
それは知らなかった。お調子者なところはあるけど、そういう律儀な面もあるからムカつくことがあっても嫌いにはなれない。梶ってそういう奴。
先に食事を終えて俺がラーメンを完食するまでぼんやりしていた直紀は、水を飲んで一息ついた俺に話しかけた。
「想太もうすぐ誕生日じゃん」
「ああ、うん。再来週だね。何? 祝ってくれんの?」
俺は秋生まれで直紀は夏生まれだから直紀のほうが先に十八歳になり、そのときはお祝いと称して二人で遊びに出かけた。直紀が好きなバンドのライブに行った。誕生日当日はどちらも仕事が入っていたから翌日のことだった。
「日曜日だしがっつり祝いたいけど、お前、仕事あるだろ。結城想太バースデーライブ」
「あ、知ってるんだ。午前はリハで午後が本番だから一日拘束されんだよね。てか、いっそのことライブに見に来る?」
「行かない。アイドルの想太興味ない」
「はあ? ひっでえ、何だそれ」
「オフの想太と会いたいんだけど」
薄く熱のこもった瞳に見つめられ、言い返すことができなくなった。しどろもどろになりながら、口を動かす。
「え、えーと、じゃあ月曜。月曜は? 放課後どっか行くとか」
「土曜がいいな」
「……午前中、映画の舞台挨拶じゃなかったっけ?」
「午前中な。午後は暇。誰よりも早く僕が想太の十八歳を一番乗りで祝う」
なんだその無駄な競争心。大体、前日だと俺まだ十七歳だし。
でも、そう言われて悪い気はしなかった。
「わかった、土曜ね。空けとく」
「舞台挨拶、来る?」
「行かなーい。俳優の白井っち興味なーい」
「わあ、これ言われると結構腹立つもんだな」
顔を見合わせてどちらからともなく意味のない笑いを漏らす。
本当は嘘。どうせ直紀にはバレている。
直紀は俳優でいるとき、とてもカッコいい。なんていうか、芝居の職人。俺の憧れ。
彼がアイドルの俺に興味ないのは本当だってわかっているけど。別に傷つきはしない。
多分直紀のことだから、急遽チケットを用意してもらうのは申し訳ない、くらいのことは考えただろう。
それから彼が言いたかったのはきっと、普段の俺が好きだよってことだから。
自惚れでなく、そうなんだと信じられるくらいには、俺たちは親密な関係になっていた。
高校からも自宅からもさほど遠くない距離にある、大型アウトレットモール。
中に入っているシネコンで直紀はちょうど舞台挨拶をしているはずだ。
モール内でも端っこに位置する喫茶店で一人、俺はココアを飲みながらスマホを弄っていた。
同じ飲み物を飲みたいなら、みんなフードコートかチェーンのカフェに流れていくようで、この店は人が少なく静かだった。
キャップを被ったりして多少顔を見えないようにしているとはいえ、俺が結城想太だということには店員も客も気づいている様子はなかった。
けれど、待ち合わせしていた直紀が店内に入ってきて俺の向かいに座ると、注文を取りにきた店員が「あ、」と小さく声を上げて俺たちを交互に見た。
直紀が人差し指を口元に当てながら「カフェラテお願いします」と言うと、静かに対応してくれた。
「仕事おっつー。直でこっち来てくれて大丈夫だった?」
「うん。僕以外もみんな現地解散したからさ」
そういえば、と直紀は妙に得意げに口の端を上げた。
「僕も言ってやった」
「は? 何を」
「想太たちに迷惑かけんなって。日奈に」
今日、控室で待たされていたときに言ったらしい。
特にグループ内で今回のことがきっかけでぎくしゃくしているわけでもなければ、今のところ誰かから俺が梶の件について意見を求められたり、フォローしなければいけない機会は訪れていない。
だからそこまで迷惑を被ってはいないのだけど、直紀の好意はありがたく受け取っておくことにした。
「俺のために怒ってくれるの、嬉しさの極み~」
半分ふざけた調子で、両手を合わせてみせる。直紀は何も言わず、照れ臭そうに肩をすくめた。
「この後さ、うち来るって言ってたじゃん」
直紀が喫茶店を出た後の予定について確認してきた。インドア派の俺は、遊びに行きたい場所も思いつかず結局直紀の家に遊びに行くことにした。過去に何回かお邪魔していて、いつものようにゲームしたり漫画読んだりだらだらするだけのつもり。
「母さんが雑誌かなんかで想太の誕生日の情報見て知ってたみたいでさ。今日遊びに来るって言ったらケーキ用意してくれるってよ」
「うっそ! やったあ、ありがとう!」
誕生日といえばやっぱケーキだよなあ。なんて子どものようなことを思う。
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