【前編】白井直紀

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 学園ドラマでの共演が決まるよりも少し前のこと。  想太とはクラスメイトだしデビューして話題にはなっているものの、特に接点はない。  そんな状況だったある日の昼休み、適当な場所で昼飯を食べようと購買で買ったパン片手に廊下を歩いていると、変な人だかりができているのを見つけた。  結城想太が、数人の女子に囲まれている。  近づいてみるとサインちょーだい、なんていう黄色い声が聞こえた。  珍しいと思う。大体、うちの学校だと有名人はぽつぽつと在籍しているわけで、みんな気を遣って特別扱いはしないのに。  さすがに事務所の売り出し方が大々的すぎたのか。  彼らのアイドルグループのデビューシングルが爆発的に売れて、タイアップしているCMの商品もバカ売れして、連日メンバーの誰かしらがメディアに出ている。  一種の社会現象のようになってしまっているのは、僕も知ってはいるけれど。  少しずつ積み重ねたような売れ方をしている僕には、彼らのようなまず最初にバーンとインパクトを残すような売り方は、眩しくて想像がつかない。  ただとにかく、想太本人は周囲の反応に戸惑っているように見えた。 「結城」  名前を呼ぶと、彼の涼し気な瞳がさ迷い、僕を捉える。 「あ、白井くん」 「結城、昼飯一緒に食おう」  無理やり人の輪から連れ出すと、助かったと言わんばかりに大人しく後ろをついてきた。  残された女子たちの未練がましい視線が背中に突き刺さるけど、知らない。いちいち気にしていられん。 「ありがとう」 「うん。屋上でも行こ」 「待って、俺今から購買でパン買ってこようと思ってて……」 「また囲まれても面倒じゃん。僕のあげるから今度おごれよ」  袋から焼きそばパンを取り出してひょいと想太に投げる。彼が器用にキャッチするのを確認してから、僕は階段を昇った。  トン、トン、と二人分の足音が響く。  ほとんど交流のないクラスメイト。黙っているのも気詰まりだ。少し話題に迷いつつ、話しかける。 「大変だな。隣のクラスの(かじ)もグループのメンバーだろ。あいつは大丈夫なん?」 「俺と違って梶はこういうの好きだから。ちやほやされて舞い上がってるよ。ほら、三年の松田先輩とかにも声かけられたとか言って喜んでたし」 「松田先輩!? Jガールズの? あんまり女性アイドルと仲良くしてっとイメージ的に良くないんじゃないの?」 「それな。ちょっと一回梶にも言っておく。そもそも校則で男女交際禁止されてるから、さすがにあいつもそこまで阿呆ではないと思いたいけど……」  屋上に続く階段を昇りきり、ドアを開けながら、僕は結城を振り返った。 「結城って、けっこー真面目なタイプ?」 「え?」  きょとんとした瞳と目が合った。  うちの高校は、校則で男女交際が禁止されている。進学コースのほうは交際がバレても多少見逃してもらえるらしいが、芸能コースは見つかり次第しっかりと処分されることで有名だ。  しかし、どんなにイメージが大事な仕事をしているとはいえ、結局は高校生たちの集合体だ。誰も彼もがいい子にしてルールを守っているわけがない。 「ばれないように誰かと付き合ってる奴、わりといるぞ」 「……マジか」  知らなかった、と想太は無邪気に笑った。どこか色気のある大人っぽさを持つ奴だけど、同い年の高校生だったな、と当然のことを思い出した。 「自分のことばっか考えてて、周りのそういうの見えてなかった」  屋上は、晴れていて風が気持ちよかった。僕たち以外は誰もいない。快適な場所を独り占めする快感。  彼は集中すると熱中するタイプなのかもしれない。一見気怠そうに見えつつ、意外と一生懸命レッスンや仕事を頑張る姿が想像できる。  僕は集中しているつもりでも、周囲の色々な情報に敏感になってしまうところがあるから。流されずにやるべきことを真っ直ぐ見ていられるのは、ちょっと羨ましい。 「まあ今お前忙しそうだもんな。必死に頑張ってたってことじゃね? デビューおめでとう」  ほれ、と袋から出したジュースのパックを追加で投げた。 「あ、ありがとう……白井くんの飲み物は?」 「お茶も買ったからいい、ジュースはお前が飲め」  適当な地べたに座り、サンドイッチをペットボトルのお茶と一緒に食す。  隣に座って焼きそばパンを食べながら、想太は僕に尋ねた。 「白井くんは? 彼女とか好きな人とかいる?」 「彼女いない。好きな人も、いないかなあ」 「小島日奈(こじまひな)……さん、との噂は違うんだ?」  子役上がりの女優の名前を出されて苦笑する。小学生の頃、姉弟役が当たって二人セットで売れた。今でも共演することが多いからか、付き合っていてほしい、という一部のファンからの謎の願望があるらしい。  でもそれは、あくまでも他人の願望で、ただの噂。僕と彼女との間には、何もない。 「いちいち噂信じるなよ。日奈は最初が最初だから、今でも姉ちゃんみたいな感じ」 「そっかあ。てかこの焼きそばパンうまー!」 「だろ。いつも売れ残ってるのが不思議なんだよなあ。……結城は?」 「へ?」 「好きな奴とかいんの?」  興味本位で尋ねてはみたけど、そういや自分のことに必死だったんだっけ。しかも校則を律儀に守ろともしていたみたいだし、女の子と遊んでる暇なかったか。 「……白井くん」 「は?」  名前を呼ばれて瞬きをする。想太は膝の上に肘をつき、手のひらに顔を乗せてこっちをじっと見ていた。 「んーと、白井くんのことは、好きかもしんない」 「え、僕? 何言ってんの……?」  僕を見ていた顔がくしゃっと笑顔になる。 「さっきさ、困ってたら声かけて助けてくれたし、パンまでくれるし。王子様みたいだったよね」  王子様なんて言われたことがなくて、どう反応したらいいのかわからない。  黙りこんで笑顔の想太を見ているうちに、恥ずかしくなってきて頬のあたりに熱が集まってくる感覚がした。 「王子ってキャラじゃないと思うんだけど。結城みたいにかっこいいって騒がれもしないし」  子役の頃は「かわいいー」という騒がれ方はしていたが。最近は「大きくなったねえ」としみじみされる。  というかパンをあげる王子様とか聞いたことねーよ。そういう国民的ヒーローキャラなら知ってるけど。 「じゃあ、俺だけのかっこいい王子様じゃん」 「……よくそんな歯が浮きそうな台詞を真顔で言えるよな」 「ええっ? 感謝と好意を素直に伝えただけなのに!?」 「それは……どうも」  頬の熱を逃がすように、上を向く。  空が近い。心地よい風が髪の先や顔の表面を撫でていく。  この日から、僕らの距離は一気に縮まった。  僕は想太にとって頼れる兄貴分のような存在になったし、想太は僕にとって可愛がりがいのある弟のような友人になった。
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