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高校に入学したばかりの頃。俺は焦っていた。
今思えば何も急ぐことなどなかったけれど、周囲に置いていかれるような気がして焦燥感を抱いていた。
中学三年のときにアイドルのオーディションに合格したけれど、デビューはまだ。ひたすら静かに粛々とダンスレッスンやボイトレの日々。
今後の勉学との両立を考えて高校の芸能コースに進んだはいいけれど、クラスには既にプロとして何かしらの成果を上げている生徒が何人もいる。
それに比べて自分は無名で何もない。なぜ芸能コースにいるのだと疑問に思われていないだろうか。
よくよく周りを見渡せば、自分と同じようにデビューの準備をしている、もしくは目指している段階の生徒だってたくさんいたのに、そういうものは何も見えなくなって、必死になっていた。
早くデビューしたい。早く仕事がしたい。早くクラスメイトたちと同じ場所に行きたい。そんなことを思いながら、かなり無理をしてすべてのことを頑張っていた。
結果的に、デビューしたら俺たちのグループは一気に躍進した。
急激な状況の変化に戸惑っているさなかに声をかけてくれたのが、直紀だ。休み時間に購買に行ってパンを一つ買うだけでも人に囲まれ一苦労の俺に、焼きそばパンを恵んでくれた救世主である。
俺はあっという間に直紀を好きになってしまった。それは友だちとしての好きでもあるし、淡い恋のような好きでもあった。初めて、誰かに対して甘酸っぱい感情を抱いた。
そんな学校生活とは別に、芸能活動は目が回るほどに忙しくなった。俺の無理をしながら頑張るような生活は相変わらず続いた。
そして、貧血でぶっ倒れた。
青白い顔をして保健室のベッドで寝ている俺の様子を見に来た直紀は、少し先輩ヅラをして俺に説教した。
「体調管理も仕事のうちじゃん」
「うん」
「自分のキャパオーバーしてんなら、マネージャーさんなりメンバーなり親なり先生なり、誰かに相談しろ」
「うん……白井っちに相談するのは?」
「それでもいいよ。……ごめん、一緒にいるときに無理してるの気づいてあげらんなくて」
自分が倒れたみたいにしゅんとして謝る直紀を見ていると、ほわっと暖かい何かが胸の中を満たした。
「ううん。心配してくれてありがとう。無理しないし、ちゃんと周りに相談する」
「おう」
「白井っち」
「何」
「好き」
何も深く考えないまま、するっと二文字の言葉が口から出てきた。
自分でびっくりして固まっていると、直紀も目を見開いてこっちを見ていた。
何事にも落ち着いていて品行方正な印象の直紀は、ぽかんと口を開けて静止していてもどこか気品を保っていた。
「あ……ごめん。キモいこと言っ」
「なんで謝んの。別にキモくないし」
むすっとした口調で直紀が言う。それから横になっている俺の頭を無造作に撫でて髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
「好かれるのはキモくないし普通に嬉しいよ。ただ僕は……想太のこと友だちとしては好きだけど、お前と同じ意味で好きかってなると……よくわからない」
同じ意味で。恋として好きかどうか。
別に良かった。そうじゃなくても。突発的に言ってしまった告白だから期待もしていなかった。
ただ今は、拒絶されずに気持ちを受け取ってもらえただけでとにかく嬉しかった。
あたたかい直紀の指先を額に感じながら、その心地良さに目を閉じる。
「同じじゃなくてもいいんだよ。これからも白井っちと友だちでいられたら、十分」
俺は高校生だけどアイドルだ。誰かと年相応に堂々と交際することは諦めている。
直紀かどうかに関わらず。男かどうかにも関わらず。
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